愛鳥家ハチ

スラム砦の伝説の愛鳥家ハチのレビュー・感想・評価

スラム砦の伝説(1984年製作の映画)
4.1
パラジャーノフ監督作品。砦の人柱となったある若者の自己犠牲の物語で、ジョージアに伝わる民話が下敷きとなっています。『ザクロの色』のような映像読解の難解さは薄れ、ストーリーラインも比較的明瞭であり、飲み込みやすい作品に仕上がっています。演出面では、『ザクロ』と同様に羊の使い方が光っていました。個人的には、とりわけ馬の可愛さが目を引いたところです。

ーー皮肉
 印象的な場面はいくつかあるのですが、とりわけ占い師が「碧眼の"美青年"が人柱になる必要がある」と語り、青年が「…(俺のことだ!)」となるシーンは興味深かったです。他薦ではなく自薦であったのは自信のあらわれでしょうが、客観的な美しさついて観客に同意を求めるかのような頭部のアップもきっちり挿入されていました。確かにその青年は端正なお顔立ちで、自らの美を確信をもって自認する思考からは自己愛が窺えます。しかし、その自己愛ゆえにその砦のために身を捧げる役割に目覚めることとなったのは何という皮肉でしょうか。

ーー犠牲
 自己愛は"自利"に傾きがちではありますが、"ある条件に適合する者"としての責務を果たそうとするこの青年には、"他利"の発想がみてとれます。もっとも、自己愛からくる自己防衛本能を打ち破ることは困難であり、自己犠牲をもいとわない他利は他利の究極的なかたちであるともいえます。そしてそうした無私の精神は心を打つものです。なればこそ、この砦の物語は"伝説"たり得たのだと思います。

ーー戦争
 終盤、砦と一体となった青年を悼むため、青年の母のもとに兵士たちが訪れます。我が身を賭した一人の若者の行動が兵士たちの戦意を高揚させ、その結果としてスラム砦は堅牢な姿を保つことが出来たわけです。青年の鎮守する城壁を敵軍に破壊されてなるものかという兵士たちの強い思いが防衛を成功させたのでしょう。

ーー平和
 本作は、戦時下にあって砦の再建なしには人々の安全は守れないという非常事態がもたらした悲劇といっても良いかもしれません。平時ではとても想像出来ないことです。一人の勇敢な青年を"英雄"と言い得るならば、英雄譚によって逆説的に平和の大切さが浮き彫りになったように思います。

ーー重層
 もっとも、本作は自己犠牲の物語もありながら、意図せざる復讐の物語でもあり、因果応報の要素も含まれています。こうした物語の重層性もまた本作を味わい深いものにしてくれていました。民話の妙とパラジャーノフ式の映像演出が掛け合わさった本作は、不可思議な魅力を放つ名作だと思います。
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