メザシのユージ

街の上でのメザシのユージのレビュー・感想・評価

街の上で(2019年製作の映画)
5.0
2021・49
下北沢の古着屋に勤務している荒川青(若葉竜也)は浮気されて振られた恋人を忘れることができなかった。ときどきライブに行ったりなじみの飲み屋に行ったり、ほとんど一人で行動している彼の生活は下北沢界隈で事足りていた。ある日、美大に通う女性監督から自主映画に出演しないかと誘われる。

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主人公の荒川青が、居酒屋での飲み会に参加するシーンがある。そこで知り合った女の子、城定イハに「何を飲みますか?」と問われて荒川は「同じ物を」と答える。すると城定は自分が飲んでた日本酒を指差し「これを2つ」と店員さんに注文する。そうではなく、荒川は自分が「今飲んでたものと同じ物」と考えたが、城定は「私と同じ物で良いのね」と考えた。ほんの一瞬のシーンだが、この一連のやり取りが象徴するようにこの「街の上で」という映画は「自分の意思をちゃんと伝える」ことの大切さを描く映画でもあった。

当たり前だが、考えや気持ちは言葉しないと相手には伝わらない。そして言葉を相手に届けるには相手との距離感が問題になってくる。

相手との距離感といえば、城定と荒川が自宅で床にぺたんと座ってお茶を飲みながら、とてもリラックスして話すワンカットの長いシーンが印象的。2人の恋愛関係じゃない距離感が心地良かった。それに対して荒川と彼の恋人ユキとの別れ話では、彼女が椅子の上にいて荒川が床に座っている、上下の位置関係とその遠い距離感。相手との関係性を2人の座る位置で表現していた。

主人公の荒川は古着屋で店番をしてる時は常に本を読んでいる、映画、音楽、本、そんな文化の街をイメージさせる下北沢。映画の中で、文化は残り続けるが街は変わってしまうという台詞があるが、たしかにこの映画は変わっていく下北沢を記録している映画でもあった。

変わっていく下北沢という街と、そこで暮らす人たちの変わらない気持ちの対比。人と人がコミュニケーションを取ることの面倒くささと愛おしさ。「街の上で」は見終わった後で様々な気持ちが心に残るとても、とても良い映画だった。おそらく2021年の邦画No1はこれになると思う。