皿男

シチリアを征服したクマ王国の物語の皿男のネタバレレビュー・内容・結末

4.4

このレビューはネタバレを含みます

シチリアといえば、地中海に浮かぶ交易の島というイメージ。
その歴史は、主に周りを囲む国々、つまり海からの征服者による支配者の変遷であって、山岳部に住む土着住民の反乱などは記録に残っていないと思うので、本作は設定含めてIFストーリーということのようだ。

とはいえ、例えば中国史において、遊牧民族が征服地に定着しては漢民族と同化、あるいは一定の征服期間を経て元の地に帰っていくような、人類史の中であらゆる時や場所で繰り返されてきたストーリーのアナロジーであったように感じた。

描かれているものの中で特に重要だと感じたのは、クマ・人間を問わず、権力に触った者は誰も完全な善ではなく、またお互いの功罪を正しく判定していないこと。
また、当事者達は自分達の集団を良く語り、一方で後世の者達は逆に自分達(人なら人、クマならクマ)の悪い面を語りたがるのも本質的に感じた。
過去に教訓を求め、今に栄光を求めるのが人(やクマ)の性なのだろう。

特筆すべきキャラクターはデ・アンブロジス。魔術師とは科学者、あるいは軍事力(武器)を持つ者を表していると思うが、
彼は最初は大公側に所属、立場が危うくなると反対側に取入り、更に自らが捕らえられれば仲間を言葉巧みに操って外敵を招き、そうして国を危機に陥れた張本人ながら最後は官軍内で地位を確保する。要するに自分のためなら正義も倫理もないトンデモナイ奴だ。そしてそのことに関して全く自覚的でなく、場面場面で自他共に正しい主張をしているように聞こえるのは、現代における科学技術と倫理観の問題のアナロジーにも思えるし、時代時代で信じられてきたロジック(宗教であったり、科学であったり、哲学であったり)への警鐘であるとも思えた。

フランス語版のキャストは日本語サイトには掲載されていないが、吹替版ではジェデオンとデ・アンブロジスのどちらも柄本さんが演じている。
このジェデオンも興味深く、物語としてはクマの繁栄までしか語らず、その先を結末を知りもしないが、一方「シチリアにはクマはいない」というのは常識の如く信じている。自分の口で語る2つの事実の間の大きな断絶について、なんら疑問や興味を抱いていない。
老クマ(トニオ)が語る「その後」にも、
あんまり良いストーリーではないですね、おやもう朝です(喰われなくて良かった)さようなら。
とあまり興味を示さない。彼にとっては悲劇であれ喜劇であれ、主人公側に正義がある事が語る上で重要であり、自己矛盾の末故郷に帰るようなストーリーへの変更は、彼の仕事上"都合が悪い"のだ。
相手と自分の立場関係にははっきりとした上下がありながら、自分の分野(魔術・語り)に関しては対等に渡り合おうとするのも同じ特徴だ。
同一キャストであることがどこまでいとされたものであるかはわからないが、時代を越えて信用ならない人物として両者がいるように思った。

シンプルかつリズミカルな展開、スッキリとしたキャラクター造形でコンパクトにまとめられており、ストーリー上のキャラクターの配置などに込められた意味をしがみ直す読後感がとにかく楽しい作品です。

長い時を経て多くのクマは死んでしまったのだろうが、人間から少しの食料を貰い、雪溶け後のあの洞穴で、仲間(霊体ではあるが)と共に暮らす、クマたちの最初の望みは叶えられました。
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