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アフター・ヤンのxyuchanxのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
4.6
"The end is a new beginning"

クランクアップ時から気になってた作品をやっと。
期待以上に哲学的で、静謐な美しさに満ちた素晴らしい作品でした。

a24制作。「コロンバス」のコゴナダが監督、脚本。前半はアレキサンダー・ワインスタインの短編が原作、後半は監督自身の創作とのこと。

本作の主人公家族は人種がバラバラですが、原作には第三次?大戦後、中華住民系への差別、偏見があるなか・・・という背景描写があるらしい。

クローン、AI、人間、そして人種間の偏見・・・

すぐ先の未来を演出しつつも、同時に複雑化する社会と、その中で無意識に蓄積されている”自覚のない偏見や先入観”がうまく表現されている。

車中からの景色、トンネル、記憶、座標など、AIものの金字塔である「ブレードランナー」のオマージュも幾つか。

前作にも出演していたヘイリー・ルー・リチャードソンはこの脚本を読んですぐ、自ら”エイダを演らせて”と申し出たそう。
主演はオスカーが期待される「イニシェリン島の精霊」のコリン・ファレル。初期の「フォーン・ブース」などとは別人みたいに悲しげで柔らかな演技が重宝されるようになったなぁ。

ちなみに小津安二郎からの影響を公言する監督の名は、小津作品で脚本をやってた野田 高梧(のだ こうご)さんの名をもじったものらしく、映像作家としての出自であるビデオエッセイにも小津をテーマにしたものが。
「The Passageways of Yasujirō Ozu」 kogonada:
https://youtu.be/OFNGlXuk-9Q

監督は常に、建築は情景、背景として重要だと考えており、前作でも全編を通して活かされていた。
今回の主人公家族の家は、たまたま空き家になっていたアイクラー・ホームを使って撮影されたとのこと。
また、本作中だけでも3種類のスクリーンサイズが使われており、画角、切り取り方の妙が堪能できる。
劇中で流れるアリア、坂本龍一によるテーマ曲、Lily Chou-Chou 「グラインド」など音楽も完璧に好み。そして”内なる宇宙”の表現もわるくない。


さて、ここからは本作のテーマについて(ネタばれあり)。

ヤンは中国から養子に貰われた女の子を世話するために中古で買われた”文化テクノ”。彼?自身も中国人のアイデンティティを植え付けられている。
ある日、そのヤンが壊れてしまい修理しようと父親のジェイクが右往左往するなかで、ヤンには特別に”毎日数秒の記憶”を持つ機能が隠されていた事が明らかになる。

ヤンの記憶を辿る中でジェイクは、彼がかかわった人間たちへの深い愛情と自我の芽生えのようなものを感じていく。

”君は幸せか?”
”ほんとのこと言うと…”

タイトルの意図は”ヤンとの別れのあと”と”ヤン=シンギュラリティ以降”のダブル・ミーニングだろうけど、いくつか気になる点も。

”蝶は毛虫の一生で最後の姿です”
”無がなければ、有も存在しない”

ヤンは”感情”というものはわからないと発言しているし、生への固執も感じられない。むしろ再生への希望とも思える言動も。

テクノの役割上、α、β、γのそれぞれの記憶領域を自ら自由に圧縮/解凍して閲覧できる仕様とは思えない。

そして彼のモデルがレアである理由・・・S&B社はなぜ製造を止めたのか?にも謎が残る。もし止めたのであればシンギュラリティ自体を止めたという意味にならないか。
それでもヤンは”お茶の中の世界”を夢想し、かつて愛した家族の面影を追い、”秘密”と”探求心”を持ち、キメラ=自分やメイメイの生きる意味を考え”希望”を抱いている。

認知科学者ニック・チェイダーの「心はこうして創られる」によると、人間の行動は過去に蓄積された記憶をもとに随時くりだされる即興であり、心理学でながく基本とされてきた深層心理のようなものは存在しないと。ならばヤンの行動も、潜在意識に蓄積された家族の記憶も含めた記憶から、彼の役割=プログラムに忠実なアドリブを繰り出し続けていたという事になるのだろうか。

それでも、ジェイクがヤンに感じた愛や精神性、自我みたいなものは、客観でいえば存在したわけだし、彼は家族に愛されていた。
”最高のお兄ちゃんだったよ、ありがとう。グァグァが居なくて淋しいよ。”

グァグァがメイメイに伝えたキメラとしての生の意味。
”彼らが存在したから、私たちがいる”

西洋社会に生きるアジア人が自らの境遇とルーツに対して感じる複雑な思いという視点と同時に、ひょっとするとシンギュラリティからずっと先の未来に”人間”という存在に対して語られるかもしれないセリフと捉える事もできる。

もうひとつ、ヤンの友人であったクローン、エイダのジェイクへのひとこと、”誰もが人間に憧れるなんて・・・”
という言葉は、人間とAIやクローンの間だけに発せられた問いではないのだろう。
われわれは無意識に自らの価値観や知識、文化が最上のものであるとの認識で世界をみてしまいがちなのだ。そこへの監督からの警鐘ではないか。

と・・・ここに書いた事の半分くらいは僕の考えすぎかもしれない。

けれど、本作は驚くほど重層的に、人間とは、愛とは、自我とは、そして進化とは?という事を考えさせてくれた。

もっと書きたい事もあるしもっと深く読み込みたいとこだけど、とにかく、こんな作品を産み出してくれたコゴナダ監督に脱帽です。
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