愛鳥家ハチ

2人のローマ教皇の愛鳥家ハチのネタバレレビュー・内容・結末

2人のローマ教皇(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

Netflix製作・配給作品。劇場鑑賞、上映回は満席。教皇と枢機卿の対話を通じてカトリック教義の保守性と革新性を炙り出す物語。実話に着想を得た作品とのこと。特にアンソニー・ホプキンスの雰囲気というか"教皇感"が凄かったです。以下、興味深いトピックについていくつか述べます。

ーーコンクラーベ
 52ヵ国、115名の枢機卿による投票による教皇選挙。投票を行う部屋は内側から完全にロックアウトされ、決定すれば煙突から白い煙が、未決であれば黒い煙が立ち昇ります。知る由もない扉の内側の様子が分かり大変勉強になりました。

ーープラトンの言葉
 アフリカ圏の管区出身と思われる枢機卿が、「なりたがらない者こそリーダーにふさわしい」とのプラトンの言葉を引用して革新派の枢機卿を推します。リーダーの本質を突いた言葉だと思いました。

ーー火のない所に煙は立たぬ
 アンソニー・ホプキンス扮する保守派の教皇が燭台の蝋燭の火を消しますが、煙がもくもくと漂うシーンがあります。前代未聞の不祥事を消し去れない教皇の心中を象徴的に表していました。

ーーラテン語
 枢機卿達のうち二割しかラテン語を理解していないとのこと。保守派の教皇は悪いニュースを伝えるのにラテン語をよく使っていたとの設定。言語的背景もあってか、非ヨーロッパ圏でラテン語を学習するのは至難の業ですし、多くの枢機卿がラテン語を解さないのは致し方ない部分もあるのかなとは思いました。

ーー別荘での神学論争
 カトリック教会のスキャンダルを受けて、アルゼンチンに帰国していた改革派の枢機卿が急遽バチカンに。枢機卿は保守派の教皇の別邸に通され、そこで革新派の枢機卿と神学論争を繰り広げることになります。
 別邸での対話は、カトリック教義の保守的な側面と革新の可能性が真っ向から対立する場面であり、大変興味深く拝見しました。"妥協"か、"変化"か。具体的には、革新派の枢機卿は聖ペトロが既婚者であり、独身制が導入されたのは12世紀になってからだと指摘し、独身制からの柔軟な変化の必要性を唱えます。これに対し保守派の教皇は頑なに拒否。加えて、保守派の教皇は、離婚、避妊、同性愛もまた断固として否定します。互いに譲らず徹底抗戦の様相。カトリック内の思想の多様性を目の当たりにしたような気になりました。
 また、対話内の「時代精神と結婚すれば取り残される」という趣旨の言葉が意味深でやけに心に残っています。

ーー聖堂での対話
 保守派の教皇と革新派の枢機卿がわかり合う、聖堂での対話が見事でした。この作品の最大のハイライトであったと思います。
 ここでは、保守派の教皇が辞職をしたいと漏らします。しかも辞職の前例もあると。しかし、革新派の枢機卿は、前例があるからといって辞められないと慰留します。曰く、イエスも生涯その役割を投げ打たなかったと。お互いの言い分は真っ当な気はするのですが、前例をもって慣例を変えようとする教皇を革新派の枢機卿が否定するあたりは、別荘での会話との対比で保守/革新の立場が逆転しているように見え、なかなか凝っているなと思いました。

ーーアルゼンチンでの出来事
 聖堂での対話は続き、革新派の枢機卿の過去が語られます。アルゼンチン出身の革新派の枢機卿は、実はかつてクーデターで発生した軍事政権に反対せず、カトリック教会を守るため、むしろ軍事政権に迎合していたことが明らかになります。枢機卿は当時のアルゼンチン管区長で、権勢を振るっていました。そのために教友が投獄され、悔悟することに。そんな枢機卿の民主化後の評価は二分され、多くの命を救った司祭とみる人もいれば、保身のために軍事政権に擦り寄った超保守主義者とする見方もあるようでした。
 その後は贖罪のために人がやりたがらない仕事も積極的にしてきたとのこと。そうした過去の上に革新的な思想が宿っていると分かり、枢機卿の人物像に大変な深みが生まれました。

ーー神の声
 保守派の教皇が辞職をしたい理由の一つに、「神の声が聞こえなくなった」ことが挙げられます。保守派の教皇はかつて自分が何をすべきかがはっきりと覚知できたそうです。しかしもう分からないと。
 この点について、改革派の枢機卿のアルゼンチンでの説教が印象的でした。曰く、「神の声はTVのアンテナと電波の関係と同じであり、信徒の皆さんは司祭がいつでも電波を受信できてると思っているかもしれないが、繋がりが悪いときもある」というものです。例えとしては分かりやすく、また慰めにもなるものでした。

ーー沈黙
 神の声が聞こえなくなった保守派の教皇は、「沈黙!(Silence!)」と叫びます。アンソニー・ホプキンスですので、『羊たちの沈黙』も暗に含意されているでしょうし、遠藤周作的な『沈黙』も意味していたと思います。こうしたダブルミーニングも上手いなぁと。

ーー1人の巡礼者
 保守派の教皇は、革新派の枢機卿との対話を通じて、"変化"したといいます。それは決して"妥協"ではなかったと。同時に、勉強ばかりして、世界と距離ができてしまっていたとも。そして、保守派の教皇は生前退位することになります。その際の「一人の巡礼者に戻る」という言葉のなんと素晴らしいことでしょうか。

ーー新教皇の誕生
 退位によって再度コンクラーベが実施され、革新派の枢機卿は圧倒的な得票率を得ます。白い煙が立ち昇り、新教皇の誕生です。「涙の間」での、「嬉し涙でありますように」との言葉が刺さります。かくしてタイトル回収に至るわけです。

ーーメッセージ
 最後に、劇中に繰り返し発せられる健康デバイスの"Don"t stop. Keep moving!"が本作の最も伝えたかったメッセージだったのだと理解しました。伝統も維持しつつ、革新の手を緩めないことがリーダーには求められているのだと思います。総じて、素晴らしい作品だったと確言できます。



ーーメモ:
・サクラメント=赦しの秘蹟
・フィンク教皇
・壁際のバラック、「壁より橋を作れ!」という言葉
・実際の映像あり
・ピザとファンタ
・ドイツ対アルゼンチン、ワールドカップ
・"spiritual pride"を慢心と訳すのにはやや違和感あり(聞き間違い?)
愛鳥家ハチ

愛鳥家ハチ