イチロヲ

彼女と彼のイチロヲのレビュー・感想・評価

彼女と彼(1963年製作の映画)
4.5
新興アパート団地に暮らしている富裕層の夫人(左幸子)が、隣接する貧民窟の生活風景を目の当たりにしていく。60年代の団地ブームを背景にして、差別意識をもたない若妻の摩訶不思議アドベンチャーを描いている、ヒューマン・ドラマ。

コンクリートの建物に居住する人間と木造のあばら家に居住する人間の軋轢を描いていく作風だが、被差別問題を題材にした社会派ドラマの雰囲気は希薄。どちらかというと、精神的抑圧に喘いでいる若妻による、ドラッギーな冒険譚という印象が強い。

最初のうちは、主人公夫人の慇懃無礼な態度に苛立ちを覚えるが、夫(岡田英次)との結婚生活が本格的に描写されると、団地生活の悲喜が映像内から飛び出してくる。そして、夫人への同調が促され、団地妻の背徳的なエロスが香気芬芬としてくる。

収録音声は、屋外シーンはアフレコ、団地シーンはシンクロのように感じられる。武満徹の前衛音楽が相乗効果を上げており、一人の若妻がコンクリートと木造の狭間をフワフワと往来する、唯一無二のインナー・ワールドが完成されている。
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