幽斎

WAVES/ウェイブスの幽斎のレビュー・感想・評価

WAVES/ウェイブス(2019年製作の映画)
4.8
2019年トロント映画祭は本作一色に染まった。エンドロールを待たず、過去最大のスタンディングオベーションで迎えられた傑作ドラマ。スタジオは私のレビューでお馴染みA24製作。2020年4月公開予定が中国ウイルスの影響で7月に延期。関西初、アップリンク京都で鑑賞。映画ファンを自認するなら、この作品を素通りしてはイケない。

Trey Edward Shults監督、私が5.0と絶賛したA24製作「イット・カムズ・アット・ナイト」を製作。Filmarksの評価は低いが全く気にしない、監督の美学を初見で評価するのは難しいかもしれないが、スリラーで大切な「画面に映らないモノ」ほど怖いモノは無いとアメリカの辛口批評家も絶賛。自信を深めたA24は、監督にフリーハンドを与え、自由に創って良いと全幅の信頼を寄せた。本作も監督らしく計算され尽した画角と音楽で、共感の波~ウェイブスへと貴方を誘う。

前作がミニマムで閉塞感の有る世界観に対し、本作は物語と音楽をシンクロナイズドさせた。秀逸なのは物語に見合う楽曲をチョイスするのではなく、先に監督が「これ!」と思う名曲を選んで、スマホで言うプレイリストを作成、それに合うシナリオを書く逆説的構成理論は天才的と言うしかない。Radiohead、Kanye West、Frank Ocean、Animal Collective、洋楽ファンなら誰でも知ってる幅広いジャンルから選ばれた珠玉の31曲が、様々な「波」と成って観る者をスクリーンへ吸引する。

「イット・カムズ」で注目された撮影監督Drew Danielsのカメラが今回も素晴らしい。前作が「暗闇」と言う人間が見えない風景を見事に映し出したのに対し、本作では登場人物にシンクロする様に、様々なアングルを動的に捉える事で、観客がカメラこそ被写体の様な錯覚すら憶える、瑞々しいアプローチが炸裂する。心理描写を観客に訴求するべく、アスペクト比を変える事で聞こえる演者の鼓動。出来るだけ大画面で観て欲しい。

「Black Lives Matter」略してBLM。アフリカ系黒人に対する人種差別の撤廃を訴える運動。レビュー済「ルース・エドガー」で描かれた、厳しすぎる親子の関係は社会問題として、映画で取り上げる機会も増えた。南米系と違いアフリカ系移民の多くは、アメリカで生まれたのではなく直接アフリカから来た第一世代の親が、コミュニティに受け入れられず孤立した事から、子供にそんな思いはさせたくないと、インテリ、スポーツ、エンタメで白人と同等以上の成績を求める。が、子供は親からのプレッシャーで押し潰される。そんな普遍的で深刻な問題にフォーカスが合さる。因みにブラック・ライヴズ・マターを日本語に訳すのは難易度が高い。もし翻訳できる方が居たら教えて欲しい。

Kelvin Harrison Jr.(最後にドットを付ける)は「イット・カムズ」の繊細な演技で注目され、続く「ルース・エドガー」の演技が絶賛された注目株。本作は監督が長編3作目にして早くも自分を見つめ直す自伝的作品と言えるが、監督は白人で32歳と若手。Harrison Jr.が26歳と年齢が近い事も有り、積極的に脚本のコアまで意見交換する事で完成。演技だけで無いクリエイティヴな一面にも注目。Taylor Russellはレビュー済「エスケープ・ルーム」で初の主演を務めたが本作はオーディションで選ばれた。脇を固めるのがレビュー済「ベン・イズ・バック」Lucas Hedgesと贅沢な布陣。プラムハウスと違い予算を惜しまないA24は、最高の俳優と楽曲の予算を惜しみなく投入、今後も目が離せない。

アメリカだなぁと思うのは、本作でもマスキュリニティ「男性性」が描かれる。本作のアウトラインで邦画を作った場合、少年が犯した罪に対し「親の育て方が悪かった」と攻撃の対象と為るのはいつも「母親」なのです。しつけは母親がするもの、そうイメージする日本人が多いのも事実。それをステレオタイプと評論家の様な事は言いたくないが、それが日本のジェンダーに対する捉え方。対する本作は原因は父親で敢えて母親は暈した描き方にする。契機と為るのがレスリングと言う男性らしいトリガーで、最も弱い者に暴力の目を向ける。小説の世界で言う「偽悪性」に陥る事無く、分り易く社会問題を訴える。

本作は2部構成だが前半に較べ、後半の評価は意見が分かれる。しかし、画一的な感動ポルノに没する事無く、アメリカらしい「苦しい時も有れば、楽しい時も有る」シンプルな作劇で「波」の移ろいすら感じる。邦画なら贖罪に苛まれ社会から孤立するのがお決まりだが、前向きに背中を押すのがハリウッド映画。友人が「これってインスタグラムっぽいな」と言った、良い批評だと思う。きっと貴方も最初と最後でフロリダの風景も違って見えるだろう。

ラストのAlabama Shakes「Sound & Color」が心を揺り動かす、監督のデビュー作「クリシャ」も、お試しあれ。
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