愛鳥家ハチ

台湾、街かどの人形劇の愛鳥家ハチのネタバレレビュー・内容・結末

台湾、街かどの人形劇(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

台湾の伝統芸能である布袋戯の伝承者を取材したドキュメンタリー映画。布袋戯とは、布地の衣装を纏った人形を手に被せ、時には小道具を巧みに操りながら、専用の舞台装置で演じられる人形劇で、大衆演芸でありつつも、一義的には神に捧げられる性質を持つとのこと。
 本作では、そんな布袋戯の伝承者たちの苦悩や、現代の台湾における布袋戯の立ち位置、そして布袋戯そのものの魅力を余すところなく伝えてくれています。以下では印象的だったトピックについて、作品の内容に踏み込みつつ述べたいと思います。

ーー父と子
 まず、本作が追う陳錫煌老師は、布袋戯の巨匠として名高い故・李天禄を父に持ち、英題の"Father"が示す通り、陳老師からみた父子関係が本作の一つの核になっています。そもそも、陳老師が李ではなく陳という姓を名乗るのは、「長男は父の仕事を継ぎ、母の姓を名乗る」というしきたりがあるため。姓の違いに加えて、父子関係であると同時に布袋戯の師弟関係という特殊な間柄もあってか、陳老師は父子関係に葛藤を抱えていたようで、父親との会話はほとんどなかったといいます(そうした陳老師もまた、息子との会話はないとのこと…)。父子関係のわだかまり、そして外に出れば常に父の威光が付きまとう状況は、偉大な父を持つ伝統芸能の継承者の宿命といってもよいのかもしれません。

ーー布袋戯の立ち位置
かつては広く親しまれてきた布袋戯でしたが、今や公演依頼のほとんどは行政サイドによるものだと陳老師の直弟子がぼやきます。エンターテインメントが多様化した今日では、行政の文化振興策に頼らざるを得ないのは致し方ないということだと思います。ここで日本に目を転ずると、歌舞伎には松竹という大興行主がおり、役者の多くは松竹と専属契約を結んでいると聞きます。他方で、(作中で描かれていなかったのでよく分かりませんが、)台湾の布袋戯はそうした民間の資本との連携がうまく取れていないことも仕事の減少の一因なのではないかと思いました。
 台湾内では下火といえる布袋戯ですが、一方、アメリカを始めとした海外での出張興行で大成功を収めたシーンも映し出され、布袋戯が国境を越えて人を惹きつけるコンテンツであることが存分に示されていました。また、聾学校の児童が無邪気に笑って布袋戯を楽しむシーンも印象的でした。
 ここで問題となるのは、魅力的な布袋戯の担い手をいかに増やしていくかということですが、現に担い手不足は深刻で、高雄といった都市圏でさえ、布袋戯の劇団は既に存在していないとのことでした。
 こうした担い手不足の問題は同時に、いかに布袋戯の裾野を広げるのかという課題に直結しますが、これに関連して興味深かったのは、陳老師が審査員を務めた布袋戯コンテストのシーンです。大袈裟な動きや派手な仕掛けによって観衆にアピールするものや、エイリアンの人形を用いたSFチックなパフォーマンスもあり、大変驚かされました。これについて、陳老師は伝統から逸脱する見せ方に苦言を呈しておられ、また本作の編集内容からしても、例えばエイリアン布袋戯がイロモノ枠として扱われていたことは明白でした。
 確かに、布袋戯は伝統芸能として一定の様式を備えており、そこは守られなければならないとは思いますが、最近でも日本ではナウシカ歌舞伎が脚光を浴びているように、現代のニーズに合わせて伝統芸能を革新していく試みは意義深いようにも思います。本来の布袋戯とはかけ離れていることを理由にバッサリと切り捨てるのではなく、伝統芸能を現代に適合させようとする流れも認容しつつ、同時に保守的な演目も維持していくというのが望ましいのではないでしょうか。

ーー伝統の継承
革新的な題材を取り入れるかは別としても、これまで積み上げてきた技術を後世に残さねば、布袋戯の精髄は潰えてしまうことになります。陳老師は、ご自身の持つ技術の伝承に熱心であり、全てを開示し映像に記録させることで伝統の継承を確実なものにしようとしていました。布袋戯に門外不出の奥義というものはなく、秘密にすることはないという言葉からも、伝承の決意が窺われます。そして、他ならぬこの映画自体もまた、布袋戯の存続を強く願う陳老師に呼応して生まれた作品であることは言を俟たないでしょう。

ーー布袋戯の魅力
作中では布袋戯の実演映像がいくつか挿入されていますが、中でも人形が丁寧に筆を取り、全体重をかけて押印するシーンでは、所作の繊細さに思わず息を飲みました。また、ダイナミックな皿回しのシーンも見事であり、場を沸かせる大衆演芸としての一面が際立っていたと思います。織り交ぜられたユーモアも秀逸で、劇場内に笑い声が聞こえることもありました。布袋戯のもつ大胆さと繊細さにスクリーンを通じて触れることが出来たといえます。
 機会があればぜひとも台湾で実際の布袋戯公演を観てみたいと思えました。台北偶戯博物館にも行ってみたいです。
愛鳥家ハチ

愛鳥家ハチ