ラウぺ

ウォッチメン アルティメット・カット版のラウぺのレビュー・感想・評価

4.6
2009年公開の『ウォッチメン』(劇場公開版163分)には日本未発売のディレクターズカット版(本編186分)があって、今回215分のアルティメットカット版が発売になりました。
アルティメットカット版はBOXのコレクターズ・バージョンに別収録されていたアニメ『黒の船〜海賊船ブラック・フレイターの物語』が本編中に挿入されているものです。
殆ど諦めかけていた長尺版が劇場公開から10年を経てようやく日本で観る事ができるようになったのはひとつの事件ともいえるレベルだと思います。

『ウォッチメン』はヒーローが活躍する1985年のアメリカが舞台。1930-40年代に「ミニッツメン」が、1960年代に「ウォッチメン」が活躍したことで、アメリカはベトナム戦争に勝利し、ニクソンが3選を果たす。1977年にキーン条例が制定され、マスクを被った自警活動が非合法化されたことで、ヒーローの殆どが引退するなかでDr.マンハッタンとコメディアンはアメリカ政府に協力する形で活動を継続、引退を拒絶したロールシャッハのみがヒーローとして活動中。Dr.マンハッタンの力によりソ連はまだアフガニスタンには侵攻しておらず、アフガニスタンを巡って米ソが激しく対立している時代。
物語の始まりはコメディアンが何者かに殺害されたことでロールシャッハは犯人がヒーロー皆殺しを狙っているのではないかと調査を開始する・・・

冷戦期のアメリカ・ソ連の対立を背景にアメリカのためだけに働くヒーローがアメリカの超大国としての地位を確立させた世界観、ヒーローの存在意義を問う「正義」の在り方、平和のための犠牲の是非など、多面的で示唆に富むテーマに純粋なエンターテインメントとしての要素が高密度に詰まった傑作といえるでしょう。
冒頭のコメディアンが襲われる場面からしてザック・スナイダーらしさ全開の外連味たっぷりな描写。
ヒーローが絶対的な正義ではなく、アメリカの国策に沿った「正義」の行使者となっているところが本作のミソ。
オープニングタイトルのところで過去のヒーローたちが活躍する場面をコラージュし、第二次大戦、ベトナム戦争と「アメリカの敵」に対する闘いをしてきたこと、過去のヒーローたちが没落し引退していくさまも描写され、この世界のヒーローが絶対的な存在ではないことが分かります。
そのなかでDr.マンハッタンだけは神にも比肩する絶対的な能力を有し、アメリカの世界支配の切り札として冷戦構造を支えているのですが、彼はそのことを当然のこととして完全に受け入れているように見えます。
このことが後半で彼が下す決断の伏線ともなっているのですが、ヒーローの中でも別格の能力を有するDr.マンハッタンですら、絶対的正義の立場をとらないところがこの世界の特徴的なところといえます。
正義の概念はそれぞれのヒーローごとに異なり、コメディアンの正義はアメリカ政府の方針こそが正義であり、ケネディを暗殺したり、ベトコンを容赦なく殺害し、デモの参加者に容赦なく発砲する一方、初代シルクスペクターをレイプしようとしたり、ベトナムで妊娠させた女性を撃ち殺すなど、目先の悪事など歯牙にも掛けぬ、凡そヒーローらしかぬ人物。
しかしコメディアンは背負ったダークサイドに従うという己の使命をわきまえており、そのブレないパーソナリティがアンチヒーローの姿としてなかなか魅力的に映るのです。
一方でロールシャッハの正義とは街の悪党どもを容赦なく罰する自警活動に根差しながら、リベラル的主張に毒づくなど、政治的には右翼と呼べる立ち位置にあります。

物語はロールシャッハが記録している日記の朗読によるモノローグを元に進行しますが、その過程で次第に明らかになっていく事件の黒幕、コメディアンの活動や秘められた過去、ロールシャッハやDr.マンハッタンのトラウマなどの要素が絡みながら、世界大戦への危機が高まる世界情勢を背景に推移していきます。
冷戦の緊張がピークに達した時期を背景とした政治情勢をより先鋭化させて描くことで、事件の背景にある問題の大きさが際立つのですが、物語のクライマックスで正義の在り方について観る者にダイレクトに訴え掛ける展開は背筋が粟立つほどのインパクトがあります。
観終わったあとも、結果は果たしてこれで良いのか、その後の世界はどうなるのか?という考えが頭の中を巡ることで、なかなかこの世界から抜け出すことができないのです。

クライマックスで世界を襲う危機は原作ではイカ状の異星人の兵器?であるのに対し、映画では強力なエネルギー波となっており、長尺版で目立つ大きな場面の追加は初代ナイトオウルがギャングに襲われる場面など。
アルティメットカット版で本編内に挿入された『黒の船〜海賊船ブラック・フレイターの物語』は何回かに分割され、街中の売店で少年が読むマンガのアニメ化。
これは原作の忠実な再現なのですが、物語全体の流れの中ではちょっと冗長なものと感じます。
できればディレクターズカット版と両方再生可能になっていればよかったかもしれませんが、データ量的に難しいのかもしれません。

最近のDC系のアメコミ作品は『ダークナイト』『ジョーカー』(これはもはや別もの)以外はどうもピンとこない作品が多いのですが、この作品の存在感はアメコミ映画全般ばかりか、あらゆる映画全般の中でも特筆に値する傑作だと思います。
そのテーマ性の大きさ、描く世界観のオリジナリティ、個性的なキャラクター、物語の見せ場の巧みさ・・・まさに一生ものの宝にしたい、そんな作品。
215分は確かにかなりの長尺ですが、やはり観るならそのすべてを堪能できるアルティメットカット版を推したいと思います。
ラウぺ

ラウぺ