幽斎

オフィシャル・シークレットの幽斎のレビュー・感想・評価

4.8
私は子供の頃に英国ミステリーにド嵌り、映画も国別ではイギリス映画が一番好き。彼らの視点は常に第三者の俯瞰精神を忘れない、自己分析と自己批判が出来る人と国。国益を守る為なら右派も左派も関係無い。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

「キャサリン・ガン事件」映画は事件をトレースしながら、原作を盛り込んだエンタメに昇華。予告編を見てハリウッドの「裁判劇」を期待すると、見事に肩透かしを喰らう。もっと骨太要素を!と言う方には物足りないかも。本作はMarcia.Thomas Mitchell上梓「The Spy Who Tried to Stop a War」を映画化。鑑賞前に210pハードカバーを読了済、小説ではbiographyと言うジャンルに属するが、巧みなストーリーラインが共存化する魅力溢れる筆力。映画をインスパイアした「The Spy Who Tried to Stop a War」ペーパーバックも刊行、洋書を嗜む方にお薦め。

Gavin Hood監督、苦労人で有る。南アフリカから映画人を目指してハリウッドに来るが芽が出ず1989年「サンタリアの復活」Z級ホラー映画で俳優デビュー。その後も身銭を稼ぐ日々を送るが、自国を描いた原作に心打たれ、脚本も書いた「ツォツィ」アカデミー外国語映画賞受賞。その後「ウルヴァリン: X-MEN ZERO」「エンダーのゲーム」バジェットも手掛けるが、監督には2007年「レンディション」政治スリラーが良く似合う。作品を慎重に見極め「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」で自分の居場所を見付けた。

Keira Knightley、ロンドン生まれ、36歳、大英帝国勲章OBE叙勲。Queen's English的にはキーラ・ナイトリーが原音に近い。「世界で最もセクシーな女性100人」1位とは裏腹に、子供の頃にディスレクシア(識字障害)を克服した経験からチャリティーに積極的で、飢餓救済でも有名。ハリウッドで成功したトップクラスのイギリス人女優だが、レビュー済「モーガン夫人の秘密」の様に、演技力が正当に評価される事は少ない。本作は間違いなく彼女の代表作に成るだろう。

当初は二世代上の方にはお馴染み「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」系譜を受け継ぐ作品としてHarrison Ford主演、キャサリン役Natalie Dormer、英国側Anthony Hopkins、つまり原作をアメリカ目線で描く超大作として企画。しかし、アメリカの暗部を描く作風にスポンサーが集まらず、ハリウッドの製作会社は解散。CIA長官を演じる筈のGillian Andersonが、テレビ番組で不満をブチまける始末。でも、コレはこれで観たかったかも。版権がイギリスの製作会社に移るが、陰で支えたのがプロデューサーに名を連ねるColin Firth、彼が設立したRaindog Films名義でエンドロール最後辺りに小さく表記される奥床しさ。英国紳士ってホントにスパイ好きね(笑)。

監督はアイ・イン・ザ・スカイ同様に国家の資質を問うが、ドローンの第三者目線が、スパイの第三者主義に置き換わり「争いの中に正義は存在しない」と冷静に問い掛ける。そして「正義とは大義名分では無く、人を救う事」と正しい価値観を示す。未だにイラク開戦の正当性を「総括」しない、英米を諫める。実は慌ててアメリカの製作会社も「お目付け役」に加わる。戦争に追従した日本にも大きな責任が有る筈だが、イギリスは政府と国は別物だと理解してる分だけ、救いが有る。

原作と違うのは彼女の描き方。毅然とした立ち振る舞いで、情報戦争の矛盾と戦う勇敢な設定に対し、本作ではKnightleyの演技力を信じて裁判に追われる、職を失う不安を抱える一個人の女性として描かれる。弱者としての設定が裁判に至るシーンで強く印象付けられ、彼女も見事に演じ切った。もう一つ原作と違うのはエンディング。本作がbiographyを描く作品でdocumentaryでは無い事を意味する。国としての「準拠枠」貴方には、どう観えただろう?。


【ネタバレ?】更に深掘りした考察をご覧に成りたい方、第2部にお進み下さい。

お馴染みのアップリンク、京都にも出来て喜ばしいが、宜しくないのが今でも検索すると「アップリンク パラハラ」と出る。日本では「公益通報者保護法」気を付けて欲しいのは、内部告発には刑事訴訟法の効果は無い、と言う事。つまり倫理違反行為は対象ではない。英語では内部通報者はwhistleblower、直訳するとホイッスルを鳴らすに為るが、フレーズを逆さまにした慣用句「blow whistle」悪事をバラす、と言う意味。

特筆すべきは告発者が「一般女性事務員」彼女の職場はGCHQ。Knightleyが出演しアカデミー助演女優賞ノミニーされた「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」の現在の姿でもある。キャサリン・ガンもイギリス生まれの台湾育ち、広島で英語教師をした庶民で只の通訳。彼女の描き方が原作もそうですが、何となく事務職を小馬鹿にする風潮が続く。「まさかOLが国家を危うくするとは」油断した事が発端だが、同時にそれだけの存在としか見て無かった。その根深い差別意識を改めて感じた。

社会的に「無視」されるほど辛いモノはない。同じスパイの告発でもEdward Snowdenが、どうなったか皆さんご存知ですね。「男」だから大国が社会から葬り去ろうとした。校正でミスをした女性職員を、同じ職場の男性職員が罵倒する。今なら間違いなくパワハラで、逆に男性職員がOUT。裁判で無罪を勝ち取った彼女も、寧ろ政府から無能の烙印を押された、と私は解釈した。こんな作品が創れるイギリスが心の底から羨ましい。

女性事務員にもプロの矜持は有る。職業人としての誇りも有る。だからこそ、多くの女性の方に見て欲しいと切に願う。キャサリン・ガンのクルド人の夫は映画とは異なり強制送還されたが、現在は彼女と彼と娘は一緒にトルコに住んで居る。

英国魂が甦るポリティカル・スリラーの傑作。戦争は女性にも決して遠い存在では無い。
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