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リチャード・ジュエルのあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
4.5
以前にも書いたことがありますが、僕はクリント・イーストウッドの作品の魅力に気づいたのは遅い方です。
だから、全部の作品は見ていないし、悪魔でもイメージですけど、イーストウッド作品に登場する主人公は、男としての憧れというか、芯が強く、生き方にブレがない人物が多い気がします。
イーストウッドの人生観も投影されてるんでしょうか。

今回の「リチャード・ジュエル」、少し雰囲気が違います。

主人公のリチャード・ジュエルの人物像が、いつもより頼りないというか、大人になりきれていないように見えます。
法の執行官になることを夢見る、その揺るぎない正義感は、子供時代に憧れたそれがそのまま大人になった感じ。
冒頭から、リチャードが少し空気を読めない大人であることが伝わってきます。
しかしそのバックボーンは過剰に説明されてない。そこが実に巧いんですね。

リチャードはアトランタオリンピックの開催中、警備員として公園広場の会場警備に当たる。
何か事件が起きるのではないかと、一人ピリピリモード。
ちょっと神経質になり過ぎじゃない?というぐらい、少しでも喧騒が起これば、警察官やメディアのスタッフに逐一連絡を入れ、周りから見ると若干空回り気味。
しかし、そんなリチャードの悪い予感は的中してしまい、彼が見つけた不審物の中身は、プラスチック爆弾だった。
最悪なことに爆弾は処理される前に爆発、それでもリチャードや警備員達の働きで、犠牲者は最小限に抑えられ、大惨事は免れる。

第一発見者となったリチャード。彼は英雄として讃えられた。
そんな中、彼の人間性に疑いを持ったかつての雇用主の情報によって、リチャードは一転、容疑者の疑念をかけられることになる…。



この作品で描かれているもの。
それは「正義」の捉え方です。

正義とは何だろう。
リチャードは自らの正義を信じるが故に、職権以上の行き過ぎた行動に走ることがあります。
アトランタジャーナルの記者キャシーは、衝撃的なスクープを掴んだ結果、名声を得る為に「これを公表するのがジャーナリストとしての正義」だと己を納得させ、自らで裏を取らないまま記事を起こします。
FBIは、オリンピック最中に起きた爆破事件をとにかく早急に解決させ、犯人を捕らえることで大衆が安心する、それが法の執行人に課せられた使命だと、正義を捻じ曲げてまで捜査を強行します。

元を辿れば、未確定な情報をリークし、それをあたかも真実であるように先走って報道してしまったことで、新聞もFBIも後に引けなくなる訳ですが、こんなことで一つの家族の人生が破壊されていくというのは、憤りしか感じられません。
FBIだから何をしてもいいと言わんばかりに、彼らはリチャードのプライバシーをも踏みにじり、平和な家庭にも土足で入り込みます。ついにはリチャードの優しい母親さえも憔悴してしまう。これが法の執行官のすることなのか。
それでも彼らの不当な捜査に文句も言わないリチャード。
それはFBIという役職に敬意を払い、羨望の眼差しを持っているからです。
観ているこちらの方が、リチャードの煮え切らない態度にすっきりしないのですが、決してリチャードは間違ったことをしている訳ではないし、彼は物事の視点が少し違うことが分かってきます。
事実は事実として客観的に受け止め、自分に不利になるかどうかという考えを持っていない。

そんなリチャードの誠実な人間性を真っ直ぐに認めてくれるのが、弁護士のワトソン。
彼の存在が、リチャードと母親、そしてリチャードと我々観客を繋ぐ橋渡しとなります。
最初こそFBIの言いなりに見えていたリチャードを発憤させ、二人で横暴なFBIの捜査、身勝手なアトランタジャーナルに立ち向かっていきます。

そのワトソンを演じたのが、サム・ロックウェル。
キレ者の弁護士ではないのだけれど、リチャードとはとても相性がいい。
ロックウェルって、本当に作品ごとに違う演技を見せてくれるので、彼を観るだけでも元が取れてしまいます。

そして、リチャードの母親ボビを演じるのが、キャシー・ベイツ。
ミザリーのイメージがあまりにも強烈ですが、この人も主人公を引き立てる役柄が素晴らしいです。主役よりも、脇で支える安定感がありますよね。演説シーンも胸が詰まりますが、リチャードとテレビのことで言い争いをしてしまうシーンがとにかく泣けます。一番好きな場面でしたね。

逆にリチャードを喰い物にして名声を得ようとする、アトランタジャーナルのキャシーを演じたオリヴィア・ワイルドの憎たらしさ。
なんか、このキャシーのキャラクターだけ、ステレオタイプだなぁと思ってしまって、最後の彼女の心境の変化が腑に落ちなかったですけどね。

勿論、主人公リチャードを演じたポール・ウォルター・ハウザーも良かったです。僕は初めて観る役者さんでした。
FBIでの聴き取り?の場で、それまで自分の思いを語ることのなかった彼が、初めて吐露する言葉の重み。
彼のような性格の人って、多分世間では浮いてしまって、生き辛いのかも知れませんね。

観終わって、一番最初に思い出したのが「ジョーカー」でした。
ジョーカーのアーサーも、リチャードも、決して人に迷惑をかけて生きてきた訳ではありません。
真面目に生きているだけなのに、何処か世間から外れてしまっているだけで、人生の歯車が狂わされてしまう。
事件そのものを追うよりも、リチャードという人間にフォーカスを絞った作品だと思いました。
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