てつこてつ

雨月物語のてつこてつのレビュー・感想・評価

雨月物語(1953年製作の映画)
4.4
徹底したモノクロームの美学。

NHKBS4Kチャンネルにて4Kデジタル修復版を鑑賞。
恥ずかしながら、初めて鑑賞する溝口健二作品。上田秋成の同名の読本短編集から「浅茅が宿」「蛇性の婬」の二篇を上手く組み合わせた脚本が秀逸。

4Kの解像度の高さもあるのだろうが、モノクロ作品ゆえに、むしろ、光と影のコントラスト、陰影の描写が美しく引き立つ。蝋燭の灯りで照らされる屋敷の大部屋や石庭の精緻な美、登場人物の多彩な表情の変化・・。

主人公に取り憑いた屋敷の姫と乳母の正体が晒されるシーンでは、乳母は真っ黒の影法師となり、蝋燭に照らされた姫から伸びる影が異常に大きくなるなど、とにかく照明の使い方が見事。

美術セットも素晴らしく、貧困にあえぐ村落、野原にポツリと建つ荘厳な屋敷、琵琶湖を進む小船、屋敷の露天風呂、モノクロでもその鮮やかさと豪華で繊細な柄模様がハッキリと伝わる姫が身につける着物の羽織・・。

登場人物たちの行く末を案じるがのごとく、怪しく立ちこめる湖面の靄、この世の者ではないという正体を現した姫の口から吐き出される白い吐息など、CG技術なんぞ全く存在しないこの時代にどうやって撮影したのかと感心する技法も多く使われている。

どん底を這い回っても逞しく生き抜く夫婦と、不幸にも冥界に足を踏み入れてしまう夫婦の対照的な描き方も巧い。

シーン替わりに暗転やディゾルブの手法が頻繁に使われているが、これは溝口監督ならではの拘りだろうか?能や雅楽を中心に和楽器のみで構成される音楽も作品の世界観に実に合っている。

役者陣も素晴らしく、森雅之は、まさに古き日本の典型的な二枚目俳優の顔立ちで、「羅生門」でも彼と共演している京マチ子は、やはり、この手の現世のものではない怪しい存在の雰囲気が良く似合う。鈴虫が鳴くような耳に心地よい台詞回しや、舞いのシーンを筆頭に所作が実に美しい。

妻役を演じた昭和の日本映画界を支えた大女優・田中絹代は、京マチ子のキャラクターとは対照的な、生活感がリアルに伝わる役どころを実に繊細に演じており、やっと帰ってきた亭主を温かく迎い入れ、眠りに付かせたところで縫い物を始めるシーン・・蝋燭の灯りを点し、明るく照らし出される優しく穏やかな表情がとても印象に残る。

上田秋成のこの読本の映像化で、おそらくこれを超えるレベルの物は今後も製作できないであろう、実に日本的な情や夫婦間の絆を格調高い映像美で描き出した傑作であり、美しくも哀しい物語。

ヴェネツィア国際映画祭監督賞受賞も納得。

ちなみに「雨月物語」に収められている短編では、「吉備津の釜」だけが飛び抜けて恐ろしく、最近のホラーオムニバス作品でも、明らかに「吉備津の釜」のヲチをパクってるなあと分かるものが多々あって興味深い。モチーフとなった岡山の吉備津神社、出張ついでにわざわざ出向いたなあ。
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