塔の上のカバンツェル

セイビング・レニングラード 奇跡の脱出作戦の塔の上のカバンツェルのレビュー・感想・評価

3.6
前から目をつけていた独ソ戦映画。

1941年9月、独北方軍集団の包囲の輪が閉じられようとしていたレニングラードから脱出しようとするオンボロ輸送船752号をめぐる人間ドラマ。

この752号を巡る本作の事件は史実ではあるとのこと。

メインで展開される主軸は戦争映画というよりは、ディザスター映画に近い遭難モノの構図。
オンボロ船にギュウギュウに詰め込まれた一般市民と、水兵たちがラドガ湖の対岸を目指し、嵐とルフトヴァッファの襲撃を越えて、辿り着けるかー…という。

海軍歩兵が出る映画は全力応援スタンスなので、トレイラーの時点でテンション上がり気味だったものの、今作の752号に乗船するのは海軍兵学校の士官候補生ですね。
純粋に水兵さん。
まぁ、包囲から急いで退避させるんだから貴重な人材に厳選するわね。

今作は、船上の人間ドラマの一方で、戦争パートを担うのが主人公が離隊した砲兵隊よろしく歩兵部隊で、彼らの上陸シーンはかなりの迫力。
擱座したbtの残骸や、"電鋸"ことMG42の射線に次々に倒れる赤軍兵の迫力でお釣り来ました。
明らかにヒロインの父ちゃんが懲罰部隊で命の灯火をすり減らしてる脇で、海軍歩兵の姿も確認。
やはりセーラー姿でボロボロの威厳を放つ陸の海兵はカッコいい。

一方、船上ではNKVDの兄ちゃんから幾多の嫌がらせを受けるものの、最終的には話のわかる奴に落ち着くあたり、最近のロシア映画はNKVDを血の通った人間として描く方向になってるなーと。
戦後のソ連の被占領地の東欧の国々などは、未だに暗い記憶が残ってるあたりは本場ロシアとの歴史観だなーと。


どうでもいいけど、独空軍将校のハイルヒトラーが胸にワンクッション手を置いてからしてるのは初めてみた。


今作は、船に乗るまでの呑気な市民や兵士たちの図が、まんまにディザスター映画の導入なんだけど、この船着場にいる人々って結構生活に余裕がある人々なんじゃないかと。
この後酷い目に遭うとはいえ、やはり最初に脱出できるのは金持ちの法則の図。

一方で、レニングラードに残ったヒロインの母親が最後にソッと、"凍死した"とテロップが入る。

これは、レニングラード包囲戦の歴史的経緯を知ってないと、少し響かないのかなと。

1941年9月の時点で、独参謀部は南ではクリミアを巡る戦闘と、モスクワ正面攻勢"タイフーン作戦"の準備に忙しく、北方のレニングラードは独北方軍集団と、フィランド軍による包囲網で飢餓に追い込み、降伏させるという方針を取った。

その結果、スターリングラードのような市街地戦には至らなかったものの、900日間の包囲により、レニングラードは極度の飢えに人々は苦しみ、人肉食が横行するまでになり、子供を無闇に外に出せばそのまま誘拐されて食べられてしまうという想像を絶する地獄を経験することになる。
(最終的に100万人の市民が餓死か凍死)

本作で752号が超えていったあの荒波のラドガ湖も冬には凍結し、凍った湖に線路を通し、命の特急と呼ばれる物資補給線を巡る攻防も展開された。

その歴史があるので、レニングラードに"独り"残ったお母さんの運命は、悲惨であったということなので。

本作は、ロシア映画の恋愛パートやタメパートは勿論ありますが、慣れた人間にとってはかなり画的な満足度と、一定程度の戦闘描写も必見には値するのではなかと。