Torichock

涼宮ハルヒの消失のTorichockのレビュー・感想・評価

涼宮ハルヒの消失(2009年製作の映画)
4.8
「涼宮ハルヒの消失」

折に触れて、この季節になると何度も見返してしまう作品。
そして僕が見てきた限りでは、邦画アニメ史上、最高傑作のクオリティ。

ぶっ飛んだSF設定と京アニの可愛らしいキャラクター。
長門有希を心から愛する僕にとって、この作品が特別なものであることは間違いない。
だけど、それだけではない。

実はこの映画は、例えそれが抗い難い強い力によって選ばされたように思える自分の選択でも、その選択というものに対する自分の心に問いかけ、その選択に責任を持つという、恐ろしく真っ当でストレートなテーマだと僕は思う。

"面白いかそうでないかと訊かれて、面白くないなどと答える奴がいたら、
そいつはホンマモンのアホだ。
ハルヒの三十倍も無神経だ。"

自分が選んだ生き方に、こう思える命は素敵だと思うし、僕もそんな風に生きてみたいと思う。
自分という実験台だからこそ、人生を面白い方に転がしてみたくなる。
だから、"選択"の映画として好き。

でも、この作品の特筆するところは、今まさに選択をしている"今を生きてる"人と、未来を生きる人が混在していて、未来を生きる人から

選択に迷うことや考えること、それさえも楽しむこと

を今しかできないことだよと、懐かしさを含みながら伝えられるところなんです。

自分という人間がいたことを忘れないでくれと過去に伝え、未来から今を生きてと囁かれる。
それはすなわち、七夕の日にハルヒが残したメッセージ

"私はここにいる"

に通じると思うのです。


翻って考えてみると、過去や未来だけではなく、今の自分の選択にも、きっとこの"私はここにいる"という言葉は、寄り添う言葉なのではないでしょうか?

どんな言葉を連ねても、この物語の奥深さと美しさには届かないのが悔しい。
きっと何度でも、自分がいた場所に戻る手がかりをつかんだキョンの溢れてしまった笑顔と、長門の"ありがとう"を聞くために、僕は何度も繰り返し見てしまうんだろう。そうだな、あと15,532回は観たいかな。

それくらい、僕にとっては愛おしい作品なのです。



...そう。