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この世界に残されてのkuuのレビュー・感想・評価

この世界に残されて(2019年製作の映画)
3.8
『この世界に残されて』
原題 Akik maradtak.
(Those Who Remained.)
映倫区分 G.
製作年 2019年。上映時間 88分。
ナチスドイツにより約56万人ものユダヤ人が虐殺されたと云われるハンガリーを舞台に、ホロコーストで心に深い傷を負った孤独な男女が年齢差を超えて痛みを分かち合い、互いに寄り添いながら希望を見いだしていく姿を描いたハンガリー映画。

ホロコースト。
第二次世界大戦中にアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツが、ユダヤ人などに対して行った大量虐殺のことですが、一説には、100万人以上ものユダヤ人などが殺されたこの出来事は、世界がけっして忘れてはならない歴史的事実のひとつと云えます。
ホロコーストの生存者の多くが、迫害者に対する怒りや抑えきれない恨みを公然と表現する一方で、感情の枯渇と孤独感や恐怖感だけが蔓延している生存者もいる。
映画『フェイトレス ~運命ではなく~』(2005年)では、アウシュヴィッツとブーヘンヴァルトに送られた青年ギュリが、1年の間に子供のような無邪気さから世を忍ぶ気持ちへと変化していき、帰宅した彼は、収容所時代よりも孤独を感じ、仲間意識があったことに一種のホームシックにさえ陥る。
クリスティアン・ペツォールトの『あの日のように抱きしめて』(2014年)では、ホロコーストの生存者として、ニーナ・ホスの砕けた表情、抑圧された感情、震える声がとても自然に感じられ、彼女が徐々に人生に目覚めていく様は、まさに灰の中から立ち上がるフェニックスを象徴していた。
バルナバス・トース監督の今作品は(原題 Akik maradtak.“残された者”という意味のハンガリー語だそうです)、収容所から解放されたばかりの人たちにとって解放とは何かという考えを見直すよう問いかけます。
2004年に出版されたジュジャ・F・バールコニーの同名小説に基づき、1948年から1953年のブダペストを舞台に、ホロコースト時代の苦しみが医師アルダール・ケルネル(アルド)の顔に深く刻まれている。
40歳前後の痩せた男はブダペストの病院で産婦人科医の仕事をこなすが、彼の目には妻の死と2人の少年の死というトラウマを隠しきれないでいる。
イスラエル孤児院出身のクララ(アビゲール・セーケ)は、16歳の大人びた少女で、思春期がこれほど遅くなった理由を探るために、ケルネル医師のもとを訪れる。
最初は、怒り、恐れ、そして固く結ばれていた手を伸ばし、彼女は突然医師を抱きしめたとき、彼女が求めているのは検査ではなく、絶望的な孤独からの解放であることが明らかになる。
学校の同級生や一緒に暮らす大叔母のオルギ(マリ・ナジ)を無口で軽蔑していたクララは、アルダールが傷ついた動物ではなく、痛みを抱えた仲間のように応えてくれて初めて、抑圧されていた人間性を発揮し始める。。。

ナチス政権とその協力者によるホロコーストで世界最多のユダヤ人が犠牲となったハンガリー。
戦後は落ち着いた世界やったけど、スターリン体制下のソ連全体主義組み込まれ、人々はこの東欧の悲劇の中で再び緊張した生活を強いられることになる。
そないな社会の激動と関係者の混乱を描くことはなく、冒頭からエンディングまで、クララとアルドの悲しみ、怒り、諦め、そして再び人生に向き合う心の傷を、繊細かつ静謐なタッチで静かに描かれ、台詞だけでなくさりげない目線や細かい動きで表現される2人の感情が、痛いほど伝わってきました。
映画全体はとても悲しいドラマてしたが、ラストシーンはとても心地よいものでした。
ただ、最後にクララが一人バスに乗っている場面では、時代は国民が政府に対して蜂起した、いわゆるハンガリー事件が起こることを踏まえて、穏やかな表情をするクララから、アルドとの出会いを経て、人間として生き続けていこうという意志が感じられました。
善き作品でした。
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