JunichiOoya

空に聞くのJunichiOoyaのレビュー・感想・評価

空に聞く(2018年製作の映画)
5.0
今年もたくさん素敵なドキュメンタリーを見てきたけれど、とりわけこの映画は出色。

震災後、学業を中断してボランティアとして大学院仲間の瀬尾夏美さんとともに現地で暮らした小森はるかさん。
彼女が切り取る映像は『息の跡』とこの『空を聞く』に、瀬尾さんの文字表現は『あわいゆくこころ』として作品となり、私もともに多少なりとも追体験させていただくことができた。

震災の半年後くらいから陸前高田で災害FM放送を立ち上げた和食店の女将さん=阿部裕美さんの日常にカメラが張り付く。小森さんもその地(正確には陸前高田の近所ということになるらしいが)で暮らしているから、やっつけの仕事じゃなくて長期戦。二年半カメラを回したとのこと。

阿部さんの暮らし(FMDJとしてのそれだけじゃなくて文字通りの日々の暮らし)を切り取る手立てが、同時性・偶然性だけを根拠にした安手の記録映画ではなく周到に計画された構成になっていて伝わり方にいちいち重みがある。

手持ちブレブレのクローズアップとフィックスで少し遠景長回しするカットの組合せ、土地全体を嵩上げするという途方もない工事が淡々と進む様を無表情に捉えるインサートカット。それらを組み合わせていく脚本と編集が表現の深化に大きく寄与していると感じる。

実はこの映画には大阪での上映館シネヌーヴォのただならぬ想いというのもあって。

『息の跡』は公開時京都出町座で拝見して、その時には福島の銘酒を持参された小森はるかさんと編集の湊岳志さんのトークも素敵だった。(お酒をちょっといただいて一杯機嫌!)

で、今回は公開直前に12回に及ぶ山崎紀子支配人による「インターネットラジオ」を聞くことができて。そこには湊岳志さんはもちろん、『セノーテ』での水と鎮魂繋がりみたいなところで小田香さんやいろんな方が登場しておしゃべりを。そして毎回小森はるかさんの盟友、瀬尾夏美さんの『あわいゆくこころ』の朗読が入るというもの。まさに「声」「聞く」というキーワードを活かし切ったPRだった思う。

おまけに公開後の「番外編」では阿部裕美さんご自身からのメッセージ(舞台挨拶時に劇場で支配人が朗読された)の披露まであったし。

もちろん映画は興行物なので、興収を上げて資金を回収し出資者を潤すものでなければならないのだけれど、一方で表現としての価値に注目して、「どうしてもこれだけは伝えたい」という想いに拘る興行主も存在するわけで。そんな映画館に常々通うことのできる我が身を幸せに思う。

一度陸前高田にお邪魔して「味菜」の玉子焼きを食べてみたいな。

ところで小森さんの次回作は瀬尾夏美さんとの共同監督で「二重のまち/交代地のうたを編む』。
陸前高田の過去、現在、そして2031年の「未来」に思いをいたす作品だとのこと、待ち遠しい。
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