Masato

すばらしき世界のMasatoのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.6

クソみたいな素晴らしき世界

偶然にもヤクザを題材とした映画がほぼ同時期に公開される妙。こちらは是枝監督の弟子である西川美和監督の最新作。前作の永い言い訳がその年のベストに入るほどの傑作だったので、真っ先に見ることにした。

やはり総合エンターテイメントとして、娯楽、芸術ともに最高水準のクオリティだった。とにかく映像に落ち着きがある。見ていてキレイで疲れない。ふっと胸に収まるような笑いもある。けれども、要所要所で牙を向くように苦しくなる。これって最高じゃないか。

主人公の三上はあまりにも不器用。すぐ頭に血が上り、大きな声で人を圧倒させるが、卑怯な真似は絶対に許さない。ある意味、裏社会にいたほうが気が楽だろうと思える人物。それは、真面目に生きていたらまともに生きれないのがこの表社会だから。相手がどんなに悪かろうが、世間体を気にしなきゃならないし、下手に動けば自分の身が滅びてしまう。理不尽な状況でも、ひたすらに我慢を繰り返して耐えていかなきゃならない。

三上はムショ上がりの前科者という身分であるがために、普通の人以上に下手には動けないし、生活保護の身分であれこれ言われてしまうことも多い。口よりも手が出てしまいそうになる。社会から隔絶されていた人間を通して描くからこそ、鮮明に浮かび上がる社会の不条理さは見ていていたたまれない。というか、あまりにも他人事ではなくて苦しくなる。

というか、今はネットにおいての匿名であるがゆえの攻撃性が問題になっているが、結局みんな三上のような人間なのではないか?と思う。どこかしらでその耐え抜いた怒りや憎しみをぶつけたくなる。アンガーマネジメントは本当に他人事ではない。自分も含めて。

しかし、それに対して優しさもあるのがこの社会の一面でもある。不器用ながらに真面目に生きる姿は、見るものを魅了していき、変えていく。そうして集まった仲間たちは、みんな心の底から支えようと掛け合ってくれる。思わず顔を抑えて涙を流す三上が堪らなく好きで、こう書いてる今でも涙が出てくる。

レッテルを貼るということ。他者にバイアスをかけることは、偏見や差別にもつながるが、人との交流が多くなった社会において、自己防衛にもなっていることは理解している。だから、前科者というだけで抵抗を示すのは悪いことではない。しかし、人は接してみなければどういう人物かどうかはわからない。人を疑うことに傾倒しすぎて、拒絶していないか?人を理解しようと寛容になることは大切だと、昨今の映画を見て何度も思う。

それは社会においても同様だと思う。世界でも社会復帰を目標とせず、単に刑務所で過ごさせるだけだと、再犯率は異常に高い。アメリカがまさにそれで、とあるヨーロッパの国では、出所後からの生活のことも考えてから出所後させるため、再犯率が限りなく低い状態にあるという。レールから外れたものは排除されていくような非寛容であれば、一向に社会は良くはならない。

また、メディア関係者としての向き合い方もテレビマンの二人を通して提示している。長澤まさみ扮するテレビマンは、尤もらしい社会に対する批判を抜かしつつも、笑顔満々に撮れ高を気にして三上を撮ろうとする。いわゆるマスゴミで、上辺だけ達者なクズ野郎なわけだ。そうした側面になり得るのがマスコミで、太賀扮するテレビマンのように、何かを変えていきたい。伝えていきたい。理不尽な社会に迎合していくのではなく、真っ向から闘っていくというジャーナリズムを持つことの大切さを知れる。同じく、映画というメディア関係者でもある監督だからこその想いであると思う。

役所広司の演技は無上だ。内に潜む凶暴さと優しさと真面目さのキャラを外見内面ひっくるめて完璧に演じきれる役者はそういないだろう。周りの役者も本当に素晴らしい演技で最高だった。
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