Shingo

すばらしき世界のShingoのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
3.4
元ヤクザが社会復帰を目指す物語に、「すばらしき世界」。なんて皮肉なタイトルをつけるものだと興味を引かれての鑑賞。
大方の予想は、最終的に三上がなにかやらかすという結末であったと思うが、それを見事に裏切ってくる。

出所したばかりの三上は、今度こそやり直そうと心に決めているが、これは後に、津乃田が書いたルポの冒頭部分であったことが明かされる。彼自身は自分がした事を反省していないし、当たり前のことをしたと思っている。
生活の基盤を立て直そうと努力するのは、あくまで施しを受けて生きることに我慢がならないからだ。内心では、一発当てて逆転したいと願っている。
彼は、本当の意味で更生してはいない。

一方で、三上が振るう暴力は、自分のためというより他人のためだ。自分の利益のためだったり、力を誇示するためではない。
では、なぜ三上は他人のために暴力を振るうのか。それは、この理不尽な世界に負けないためだ。罪もない人間が理不尽な目に遭うことに、彼は我慢がならない。彼にとって卑怯者になるということは、世界に負けることと同義だと言える。

だが、兄貴分の組が摘発されて、もはや暴力で世界と戦うことは無理だと気づく。職を得て再出発するも、再び理不尽に遭遇した三上は、初めてそこから逃げた。
その瞬間、激しい胸の痛みにうずくまってしまうが、これは彼が、世界との戦いに敗北したことを意味するだろう。その後、三上が命を落とすのは、理不尽に抗うことをやめてしまったからだ。

本作では、決して三上を善人として描いてはいない。理不尽と戦う方法を暴力以外に知らない男だが、それでも戦ってはいたのだと思う。暴力は否定されるべきだが、それならば別の方法で世界と戦わなければならない。戦う意思もなく、ただ暴力を否定するだけでは、ただの敗北者なのではないか。

TVディレクターの長澤まさみは、逃げ出した仲野太賀に喧嘩を止めるかカメラを回すかどちらかにしろと怒鳴る。そのどちらも、理不尽な世界と戦うひとつの方法だが、結局、三上が被写体として使えないとわかった途端に関心を失った彼女が、その正論を吐くのが皮肉だ。
(そもそも彼女は感動ポルノを撮りたいだけなのに、焼肉屋でも社会派ぶった口上を述べて調子がいい)

三上の更生を助けることは、結果的に三上から世界と戦う術を奪った。その事実と共に打ち出される「すばらしき世界」のタイトル。我々はこのすばらしき世界と、どう戦っていけばいいのだろう。
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