YNagashima

すばらしき世界のYNagashimaのネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

西川美和監督というと、「蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」を観てこりゃ天才だなと驚いたが、「夢売るふたり」にはあまりのれなかったというのが個人的な印象で、だからこの映画も正直いちまつの不安を感じながら観たのだが、杞憂だった。

とにかく情報量が多い映画だと思った。導入部で主人公・三上の生まれてから現在までの半生と、殺人の罪で13年収監されていたことが一気に紹介される。物語は三上が出所したところから始まり、自宅で死去することで終わるが、126分の映画の中に、かなり多くのエピソード、人、語りがふんだんに盛り込まれる。

「蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」は、登場人物の心理や行動の理由をはっきりとは明示しないことで、観ている人の想像力を掻き立てるつくりになっていると思うが、この映画はある意味その逆の手法が採用されている。三上を取り巻く環境・人・語りは、ひとつひとつはとても分かりやすい。ただその数がとにかく多く、さらに、あるときは冷淡で、あるときは温かく、あるときは偏見や欺瞞に満ち、あるときは非常に理性的だったりして、シンプルなひとつの価値観に回収されることを拒んでいるよう見える。市役所の職員もスーパーの店長も、ファーストコンタクトでは偏見をもった冷たい人物っぽく描かれるが、次の展開以降ではめちゃくちゃいい人として描かれるとか、九州のやくざのおかみさんがシャブ(=犯罪の世界に戻ること)を勧めてきたかと思ったら、「あんたは、これが最後のチャンスでしょうが。」といって逃してくれるなど、一人の人物の中にも矛盾や清濁があるように描かれているのは、監督の狙いだと思う。つまり、おそらく監督は、「蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」では、引き算によって言葉では言い表せない何かを表現したが、この作品では、盛大な足し算によって、やはり言葉では言い表せない何かを表現していると思った。でも考えてみれば現実社会ってまさにそうで、文脈やストーリーなんて関係なく出来事は起こるし、いい人も悪い人もいるし、同じ人がいい人になったり悪い人になったりする。そんな混沌の中で、一瞬の晴れ間のように、すばらしき世界が姿を現す、ということなのかな。

個人的には役所広司が子どもたちとサッカーをする場面で、ゴールを決めた男の子の服を握って泣き崩れるシーンが胸に刺さった。あれは、数十年前、結局母が迎えには来てくれなかった、少年時代の自分に対して泣いているんだなと思って、泣けた。あと最後に死去するところまで描くのもいいなと思った。日本における年間の孤独死の数は推計で約2.7万人にのぼるらしい。最後に三上がコスモスの花に手を伸ばすシーンをみて、黒澤明監督の「生きる」が脳裏をよぎった。
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