煙草と甘いコーヒー

すばらしき世界の煙草と甘いコーヒーのネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

西川美和作品はなんとなく覚悟して見ないといけない気がしていて、つい先送りにしていた作品。

役所広司の演技を見たのはいつ以来だろうか?

すごい演技、という印象はもちろん持っていたのだが、いやはや素晴らしい!

他の人たちは演じている部分が多かれ少なかれ出てしまっているが、役所広司だけは三上正夫にしか見えないというか、三上正夫を憑依させているというか。

安田成美の小学生の娘の演技も良かった。
介護施設の服部の差別的な演技は、役者と監督の覚悟を感じた。

仲野太賀演じるツノダが居合わせた三上の暴行現場から逃げるシーンは、思い返しても何故あそこまで激走して逃げるのかが腑に落ちず、、、

ツノダと三上との電話での攻防は、見せ場なのに、セリフに深みが足りず、グッと来ず。

背中を流すシーンなど、いい場面もいくつもあった。

それにしても、なぜこのタイトルなんだろうか、ということが見ている途中から気になり出した。

障害を持っている介護職員がいじめられているところに遭遇した三上が、助けに行かずに引き返してしまう。三上が社会に屈服してしまった瞬間。

曲がったことが大嫌いな人間が生きにくい世界。
正しさよりも、損得が優先される世界。
弱者に不寛容で冷酷な世界。

そんな世界に、爪弾きされた者の代表で弱者の味方のような三上が、服従することを選んだ。

そんな三上に渡されたコスモス。

帰り道の橋の上でかかってきた安田成美からの電話。屈服する前の三上しか知らない彼女との会話で見せる三上の笑顔が切なくも心の底からの笑顔のように見えた。

自宅で倒れた三上がなぜコスモスの香りを嗅いだのか、、、

この世界に逆らい続けた真の三上正夫が存在していたことを示すような墓標としてのコスモス。

あんな屈辱をもう味わうこともないんだなという安堵なのか、屈服してしまったことへの申し訳なさなのか、なんとも言えない表情をしていた。

「すばらしき世界」

それは、三上からの渾身の皮肉のように思える。

そんなクソのような世界で、自分を含め多くの人間が、弱者やマイノリティー、弾かれた者たちを踏んづけていることすら気づかずに一生懸命生きていることへの。