Shingo

プラットフォームのShingoのネタバレレビュー・内容・結末

プラットフォーム(2019年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

これまでにもソリッド・シチュエーション・スリラーはいくつも見てきたが、本作が一風変わっているのは、この環境から脱出するのではなく、どうすれば全員が生き残れるのかを模索する点だ。
生き残りをかけたデス・ゲームにするのではなく、プラットフォーマーに向けてメッセージを送る。現状を受け入れてしまわず、変えようとする。そこが本作の見どころと言える。

「プラットフォーム」という言葉は、料理の乗ったテーブル自体を指していると同時に、各階層にテーブルが下降していく、構造そのものを指している。上層にいるものが富を独占し、下層にいるものは飢える。そんな社会の構造を可視化したものだ。だが、ここで注意しなければならないのは、テーブルの上には人数分の食べ物が十分にあるということだ。
食べ物が限られているのなら、それを奪い合ってしまうのも無理はないのだが、毎日必要な分量は支給されているのである。

人類の総人口はもうすぐ80億人に届くが、世界にはその全員が飢えなくてすむだけの食料を生産する能力があると言う。しかし、なぜか飢餓によって命を落とす人がいる。
これは、一部の国や富裕層が、食料を独占しているからなのか。
ある意味ではそうだが、それだけではない。特定の誰かが意図的に独占しているというより、社会の構造自体が、自然とそうなるよう設計されてしまっている。自由市場において、"持たざる者"に食料が配分されることはない。

テーブルが下降していく"構造"が、不均衡を生み出す元凶だ。みんなが他人を思いやれば、平等に食料がいきわたるというのは、幻想に過ぎないだろう。人はそこまで善人ではない。
だが仮に、すべての階層の人がひとつのテーブルにつき、目の前に自分の分だけの皿が置かれたとしたら、果たして彼らは食料を奪い合っていただろうか。
つまり真に問題となるのは、富の再配分であり、その方法だ。

主人公たちが置かれているこの異常な環境は、「自分の利益だけを考えてはならない」という思想に矯正する施設(あるいは実験場)と思われる(『時計仕掛けのオレンジ』のような)。だが、問題は個々人の資質によるのではなく、置かれている環境=プラットフォームそのものなのではないか。0階層へメッセージを送る意味とは、その事実に気づいて欲しいという願いだ。

それにしても、なぜ最下層に少女がいたのだろう。どうやってそこで生き延びてきたのか、いつからそこにいるのか。母親は、このプラットフォーム内で出産し、子どもを置いたまま外に出されてしまったのだろうか。(そして、再び戻ってきた)
主人公が、この少女に食べられてしまうという最後も予想したが…。
結末はわからないが、少女が地上に戻れたことだけが、この映画の救いだ。

個人的には、ベーシックインカムには賛成だし、何ならライフラインも、すべての国民に最低限保障してもいいと思っている。ある国では成人になると、国から土地が支給されるらしい…。羨ましいですなあ。
社会主義を唱えるわけではないが、生存権を保障するために、部分的には社会主義的施策を取り入れてもいいんではないかと思う。
何もかもが足りなくて、奪い合っている時代ではないのだから。
Shingo

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