みかんぼうや

花束みたいな恋をしたのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
3.9
【キラキラリア充カップルが迎える、社会というしがらみにまみれた厳しく切ない現実】

U-NEXTを契約し、フィルマを始めた頃からずーっと話題になっていた本作。フィルマでは1年以上前にクリップしていましたがようやく視聴。

最初の1時間は、今最も売れっ子な男女2人のキラキラし過ぎた恋愛と、それをさらに助長する爽やか演出で、私は結構序盤に思ってしまいましたよ。「どうしよう、アラフォーオジサンの私はこれを最後まで観続けることができるだろうか・・・」と。正直、最初はそれくらい合わない作品だな、と思いました。

実は、物語が始まる明大前は、我が母校があり、まさに大学生として毎日通っていた場所。そして調布は自転車でも行けてしまう比較的近場で時折足を運ぶ街。ということで、映画の序盤から、知ってる場所が出てくる出てくる。自分の大学時代を思い出すような思い出補正がかかりまくっても全くおかしくない舞台設定。なのに、文学好きの2人のやや個性的な嗜好、そして人生でこんなに価値観が一致する相手と出会えるかな?というほどの予定調和な展開と恋愛に、映画と分かりつつもあまり共感できなかったのですよね。

これは多分に、基本的に恋愛映画やドラマをほとんど観ない故の免疫の低さによるところが大きいのかもしれません。もしくは、このキラキラした俳優2人のリア充な恋愛ストーリーへの完全な嫉妬心!?

そんなオジサンでしたが、後半の展開は予告で想像がついており、耐えること1時間。就職を機に生活習慣の違いとともに表面化する価値観のズレを描く後半は、かなり興味深く、一気に作品に引き込まれました。

と書くと、まるで幸せカップルの崩壊を望んでいたただのイヤなオジサンですが、この2人のすれ違いの展開は、これまたかなり王道で想像がつく展開ではありながらも、2人ぶつかり合う様子は、お互いが抱える微妙なズレを絶妙に表現し、前半部と比較すると妙に生々しかったです。前半のキラキラした少しメルヘンな1時間があったからこそ、学生という“自分たち中心の世界で生きる2人”から“社会の様々なしがらみの中で生きる2人”への変化が引き立ったのかもしれません。

決してただ感情的に爆発して怒鳴り合うような喧嘩ではなく、お互いが思い通りにいかないことにイライラしながらも、どこかで相手に合わせて妥協しようと自分に言い聞かせながら少し冷静になろうとしている自分、そしてその相手の妥協を感じ取り、それにさらにイラつきが増していく。なんとか正面衝突しないようにしようと気遣いのパフォーマンスを見せることがかえって負のスパイラルを作っていく、というやりとりは、脚本の巧妙さと主演の有村架純と菅田将暉の演技がピタッとハマっていて、リアリティ溢れる内容だと思いました。その後も続く数回の口論の一つひとつから、正面衝突ではないちょっとしたズレによる“微妙な摩擦の蓄積”が伝わり、そこからはキラキラした別世界の王子様とお姫様が、急に身近な“生の存在”に思えたのでした。

ラストまでの展開は正直予想外のこともなく、演出的にもベタで分かりやすかったですが、それでもやはりレストランのシーンはグッとくるものがありました。これもまた、前半の1時間があったからこその対比的なシーンでしたね。その対比表現の中で、男女の恋愛観の違い、初々しい理想的な恋と時を経た現実・・・といった心理的な対比を、本人たちによる直接的な言葉ではなく、他人の会話とそれを聞いている表情だけで見事に伝えていたと思います。

ところで、菅田将暉は映画で見るといい役者さんだな~、と思うのですが、大河ドラマ(直虎と鎌倉殿の十三人)で見ると、若干わざとらしいというか浮いた演技に見えてしまうのは私だけでしょうか(役柄や演出の問題かもしれませんが)?今作の役柄はとても合っている気がして、やっぱりこういう現代劇の普通の若者役が合うのかな、と勝手に思いました。有村架純は、実はほとんど演技を見たことがなかったのですが、台詞以上に、表情で魅せられるシーンが多かったです。

お互いを想い続け愛し合う恋愛をすることと結婚して生活を支え合うこと、生活のために我慢して働き続ける仕事と一度きりの人生を楽しむために取り組む仕事。趣味も嗜好もピッタリ合うはずの2人の男女から伝わる様々な考え方の違い。この物語は、2人の入り口となる価値観が合い過ぎたからこそ突っ走ってしまった理想ゆえのあの結末なのか?それは嗜好の一致と生きることの価値観の一致の根本的な違いだったのか?それとも社会に出て気持ちの余裕がない中で、相手の立場や望むことを理解しようとする気持ちが欠如していたのか?

男女の恋愛に明確な答えはないと思いますが、観る人によって色々な視点から考えられる絶妙なニュアンスを表現していた作品だと思います。だからこそ恋愛は難しく、魅力的なのだ、とオジサンは思いました。
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