幽斎

すべてが変わった日の幽斎のレビュー・感想・評価

すべてが変わった日(2020年製作の映画)
4.0
Kevin Costner、67歳とDiane Lane、57歳のレジェンド夢の競演。しかも、テーマは「西部劇」公開前からアメリカで大いに注目された。COVIDの影響で6カ月公開が遅れたが、蓋を開ければ北米初登場1位を記録、6週連続チャートインと興行的にも大成功。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

だが、本作は楽しい作品ではない。「自分の愛する人が苦しめられる」重いテーマを内封するが、ある意味人間にとって、一番耐え難い出来事では無かろうか。ターゲットは可愛い孫が、ヴァイオレンスで過激な一家に引き取られる。そんな異常な状況が描かれ、ジャンルとしてはサイコ・スリラーだが、其処に行き過ぎた正義が狂気を呼ぶ。関係ないけど「字幕翻訳 戸田奈津子」久し振りに見たかも。

原作はエスクァイアベストブック受賞の傑作スリラー。Larry Watson著「Let Him Go」原題と同じ。日本では無名に近いが、短編を得意とする作家で、彼の小説はアメリカ西部のフィクションを、現代的なアメリカの姿へと映し出す。重圧なテーマをエレガントに語る、詩的な一面も特徴。代表作「Montana 1948」ネイティブアメリカンの女性が性的暴行と殺人の被害に遭う。アメリカの高校で教えるべきか論争が巻き起こった。

舞台と成るノースダコタ州とモンタナ州。映画の設定が原作の1951年から1963年へ変更されてる。1963年と言えば、ネイティブ・アメリカンのカルチャーとか、カウボーイ文化が色濃く残る時代。日本人が知る「西部劇」のイメージ通り、古いアメリカ文化の様式美。地域はロッキー山脈に位置する場所で、アメリカではGreat Plainsと呼ばれる。世界で最も人口密度が低い農業地帯として有名、失業率も高く人口減少も加速度的、廃墟と為った建物がゴーストタウンと化してる。先住民族は州の指定した保護区で暮らしてる。

CostnerとLaneの共演と言えば「マン・オブ・スティール」。アメリカ人の良心とも言えるスーパーマンの育ての親。善良な市民を本作でも雄大な自然に抱かれ、家族と平穏な日々を過ごす夫婦として描かれる。若い頃に保安官を務め、今は牧場を営む正義感溢れる父の息子が突然の落馬事故に遭い、事態は暗転する。本作がサイコと評されるのは、その後の展開が差別的な罵詈雑言を浴びせる侮辱に留まらず、人種差別や女性蔑視の思想を振り翳す。権力と暴力に逆らえないシチュエーションが、サイコと言わせてる。

描かれる世界観は、私が知る1960年代のアメリカとは異なる部分が多い。原作から意図的に改変されてるが「幸せのポートレート」「恋するモンテカルロ」Thomas Bezucha監督は、辺境地で一家が権力を独り占めする背景と、現代のネットで同じ思想同士が、SNSで差別的な暴言や芸能人を謝罪に追い込む風潮と、シンクロさせてる。キーワードは「正義」だが、多数派の意見が罷り通る力の行使は、未成熟な人に対する悪影響、リテラシーの問題を名優が静かに語り掛ける点が、心に響く。

2022年の現代でもアメリカの全ての州、全ての街に合衆国憲法が等しく行き渡ってる訳では無い。警察の範囲が及ばない地方では今でも保安官が町の治安を維持、それは地場の権力者との癒着の温床にも成り得る。西部劇の時代も今も「法」が機能しないのは、ネット社会と同じと言える。西部劇の傑作「シェーン」の様に、颯爽と正義のヒーローが現れ悪を懲らしめる。そんな事は開拓時代には「無かった」から、勧善懲悪が観客にウケた。それは現代も同じ、個人の力学で解決できない問題が山積してる。

スリラー的に言えば本作には2面性が有る。対立軸が一方的でLesley Manville演じる母親がサイコパスも裸足で逃げる怪演、何なら魔女にも見える。Costnerも歳を重ねても寡黙なイケメン。Laneのズルい女もテンプレだけど悪くない、その面に引き摺られ易いが、実際の法律的にはManvilleの方に分が在る。親権問題も孫を救い出す側に道理は無い。元保安官なら、堂々とDVで訴えれば良いだけ。ミステリー小説で言うマニピュレーション・ロジックな気もする。

秀逸なのは「貴方は1人では無い」シンプルな結論に辿り着く。それはDiane Laneには、Kevin Costnerが居るから。越えられない壁の存在も、1人では無理でも複数の人が持ち寄れば「正しい行い」は出来る事を指し示す。原動力は孫に成るが、それは愛する人全てに共通するシナジーと、監督は問う。そう考えれば小説はサイコ・スリラーでも、映画はヒューマン・ドラマだと納得。夫婦、恋人、友人、誰でも良い。リアリティを持った「心を寄せる事が出来る人」を大切に。居ない人は見つける努力が大事だと名優が訴える。その演技を見るだけでも、本作は価値が有ると手放しで褒めたい。

ノワールなお伽噺話。地平線と雄大な自然の風景はネイティブの心象風景なのだろう。
幽斎

幽斎