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木靴の樹のRのレビュー・感想・評価

木靴の樹(1978年製作の映画)
4.8
19世紀末イタリアの片田舎で小作農をしている4家族の生活を、3時間という超時間、ほとんど感情的起伏なく、ドキュメンタリータッチで描いてる、ということで、んーーーそんな映画たのしむことできるんだろうかーーー、まぁだるかったら途中で見るのやめたらいいか、とおそるおそる見始めた。一応大学生の頃に一回だけ見たことがあったので今回で2回目。とはいえほとんど記憶にないから実質はじめて。これがなかなか面白かった! ちょっと不思議な面白さ。序盤は、ほんとに何のドラマ性もなく、ただただ農民の日常が淡々と描かれていく。大人たちが畑たがやし種まいて、収穫して、とか、子どもが近所のおばさんに洗濯物を頼みに行ったり、かくれんぼして遊んだり。その途中で、家畜の屠殺シーンがあって、これが序盤のなかなかの見どころ。特に豚はすごい。プギーーーーーーープギーーーーーーーーー!!!と叫びまくる豚が人間たちに押さえつけられ、なす術もなく無惨に殺される様子を見ていると、自分が普段たべてる豚に対して、何というか、深い畏怖みたいな気持ちが沸き上がってくる。大量生産・大量消費の現代、そのプロセスをまるで想像させぬまま陳列されてる生肉や加工肉を手に取って買って調理して食べる我々は、生命の尊厳というものへの感受性がすごく低くなってるんだろうな、と感じた。もちろんそれは動物だけじゃなく、とうもろこしなどの植物にだって言える。みんなみんな強く生きて、自分のなすべきことを文句ひとつ言わずなし、その生命の力を人間のために提供してくれてる、スゴいことだ、人間もあらゆる生命の恵みを受けて、人間に為すべきことをただ為していくのみ! とか、考えながら、恋する若い男子が、意中の女子の後ろについていって、ふたりとも奥手すぎてどうにもならない様子に、ふっふっふとなったりする。と同時に、カトリック信仰もひとつの大きなテーマになってて、彼らの貧しく厳しい生活を支える基盤として、非常に重要な役割を果たしていたんだな、というのがよく分かる。ところが、その反面、結局その信仰が慰めにしかならなかった、というのも事実で、「貧しい人ほど天国に近い」というセリフが出てくるんやけど、絶えず貧困に悩まされ続ける生活でほんまにええの? って思ってしまうし、この考え方だと、搾取する側が真面目に働いてる人たちから搾取し続ける、というシステムを根底から支えてしまうことになりかねない。実際、彼らには、今の状態からなんとしてでも抜け出そうという気持ちが一切ないし、街では民主主義が叫ばれ、革命運動が起こりそうになってるのに、これにもまったく関心がない。そもそも知識がないし、文字を読むことすらできない。まさに、蒙昧。そんな彼らの子どもらのひとりが、他の子よりも頭が良いようで、神父の勧めで、6kmも離れた学校に、木靴をはいて通い始める。いろいろ総合して考えると、神父さんのこのアイデアは間違っていなかった。「知らぬが仏」という強者の都合から抜け出せるかもしれない唯一の方法だから。さて、ここらあたりから、前半の流れを汲んだそれぞれのエピソードが、それぞれにストーリー性を持ち始める。とともに、前半はどれがだれやら分からず、総体として「農民」だった人物たちを区別できるようになってくる。4つの家庭、それぞれが抱える状況、また、共有している問題。そんなこんながじわじわと炙り出されていく。そして、学校に通う、ちっさくて死ぬほどキュートな男の子の木靴が壊れてしまうことが、彼らの運命を大きく変えてしまう。クライマックスと呼ぶべきシーンは最後の最後に訪れる。最後の最後、ラスト数分は、見る人によってかなり感じ方が異なるだろう。ボク個人としては、やっぱり、現実世界を変えようとする気のない祈り、神様なんとかしてください、神様かれらにご慈悲を与えてください、といった自分の外にある真理への祈りは、無慈悲とまでは言わないまでも、それに限りなく近いものがあるな、と感じた。すべてを神の思し召しとして、神に祈りさえすれば、自分から慈悲の行動に出る必要性を小さく留めておくことができる。もちろん現実的に考えて、当時の小作農民にできたであろうことは、あまりにも少なかったに違いない。ただ、ボクが言いたいのは、自らの主体的行動の代わりに、神への祈りで心の痛みをぼかすというのは、やっぱどうしても冷酷に見えてしまうよな、ってとこ。マルクスの有名なことばに「宗教は阿片である」というのがあるが、人間の溌剌とした行動のきっかけを奪ってしまう、という意味でとらえるなら、これ以上、神への信仰に当てはまる言葉はないであろう。昔読んだとある本に、祈りとは誓願でなければならない、ということばが書いてあって、その時は、は? なんで?って思ったけど、数年後に読んだとき、背筋を電撃が貫いたような感覚をおぼえたのを、いまでも鮮烈に覚えている。本作を見ることでその電撃の意味がより深く理解できた気がした。まぁ、小難しい話はもうやめるとして、美しき風景のなかの静かな生活と荘厳な音楽に、とめどない詩情の息吹を感じられたのがすごく良かった! ゆっくりじっくり淡々と味わいながら見るこういう映画は、誰にでも勧められるものではないけど、前のめりで見ると必ずや得られるものがあると思います。もう一回見ろって言われたらしんどいすけど笑 是非いちどお試しあれ。
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