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カモン カモンのymdのレビュー・感想・評価

カモン カモン(2021年製作の映画)
4.0
試写会にて鑑賞。

ジェフ・ミルズはパーソナルな経験や環境を色濃く反映させた人間ドラマを撮り続けてきた監督だけど、ホアキン・フェニックスを主演に迎えた本作でそのキャリアの円熟にさらに磨きをかけた印象を受ける。

突然父親の役目を担うことになった伯父と、心に不安定な歪みを抱えた繊細な子どもを対等な関係性として静かに描く本作は、全体を通して起伏や抑揚を抑え淡々としたムードが通底している。

地味とすら言えるような作品であるけれど、あえて全編モノクロームにした映像表現と、実際に録音したというノンフィクショナルなインタビューを用いることで、アレンジの効いた”粋な”演出になっているのが非常にA24らしい。

ラジオジャーナリストという設定ゆえに録音機材が様々なシーンで登場しているけど、立体音響で音の演出もきめ細やかに施しているのも心憎い。
そういう面白さは映画館での楽しみの醍醐味だと思う。


ホアキン・フェニックスは『ジョーカー』の後に今作に取り組んだらしいけれど、あの過剰にカリカチュアライズされた奇妙なダークヒーローからの振り幅は凄まじく、今作では徹底的に平凡さを突き詰めている。

試写後のトークショーでもゲストの2人が言っていたように、平凡な人間を演じる方がずっと難しいと思うのだけど、ホアキンはその難役を見事に体現していた。まるでレンズを感じさせないほどに自然な演技がとにかく素晴らしい。

ホアキン演じるジョニーは奔放で過激なジェシー(ウディ・ノーマン)と対峙していくことで自分(とそれを囲む家族)の過去を見つめ直し、徐々に彼に対して本心を披歴していく姿は仄かに感動的である。

一方のジェシーもまた、親に対する愛情と不信感のコンフリクトに苛まれている中で、伯父という外側の存在によって自らのアイデンティティの形成を行っていく。

どちらか他方に肩入れせずに、両者を平行して描写していく構造は、かつて子どもだった大人たちの琴線に触れ、親・子・他者との対話の大切さを痛感することになるのである。

疑似親子的な設定は『パーフェクト ワールド』や『バケモノの子』といったように世界各地で数多く生み出されているけれど、本作はそういった先達の影響を感じさせないほどにフレッシュである。

鑑賞後の余韻は多幸感に溢れていて、単純だけど身の回りにいる人との関係を愛おしく感じてしまった。

非常に優れたヒューマンドラマであり、人生の営みの素晴らしさを肯定した珠玉の人生賛歌だ。
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