かすとり体力

カモン カモンのかすとり体力のレビュー・感想・評価

カモン カモン(2021年製作の映画)
3.8
アート映画味が強い(エンタメ性は薄い)が、生きていく上で大切なテーマをひったひたに湛えた素晴らしい映画。

(そのため、本レビューにおいてはわたしの自己言及的なくだりが若干長く。。純粋な作品レビューを求めている方は今回は読み流して頂きたい)



まず訴えかけてくるのが、「コミュニケーションの大切さ」。(言葉にすると陳腐〜泣)

これについて、語られている主題は、伊集院光氏による以下の「至極の名言」と本質は同じと思う。

「相手への『理解を諦める』ということは『分断』を意味する。一方、相手を『完全に理解したと思う』ことは『偏見の完成』を意味する。大切なのは、他者を理解することは容易ではないという限界を認識しながら、それでもなお『相手を理解するためにはどうすれば良いか』と問い続けることだ」
(私の記憶による)

本作、まっさっに!こういう話だよな。

凄いのが、本作において、このテーマは「コミュニケーションの話」から「生きるということとは」というテーマにまで抽象化・一般化される。


以下、ジェシーによる印象的なフレーズ。
『起きると思う事は絶対起きない。考えもしないようなことが起きる。だから先へ進むしかない 先へ 先へ 先へ 先へ(C'mon C'mon C'mon C'mon)』

そうなんだよ。方程式一発で解ける「解」なんかに価値はない。
この複雑な世界においては、制約条件や関数そのものが常に変化し続ける方程式を常に「解き続ける」ことが大切。

というか、「解き続ける」ことが「生きるということ」そのものじゃん。こりゃ沁みる。
C'mon C'mon C'mon C'mon C'mon…

そして本作においては「子育て」についても本質的かつリアルに描かれるんだけど、そこでも上記の「方程式を解き続けることが大切」っていうテーマをなぞってくる。

さて。ここで少し、私個人の話に視点を移したい。

私が子どもの頃、漠然と、親って言うのは「絶対的な存在」だと思っていた。

「ザ・大人」だと。はなから「大人」な存在だと。

そして覚えているのが、自分自身に一人目の子どもが生まれたときの感覚。

「え?待って?俺、今日からガチで親?」

そう思った。

「俺、気持ち、全然大人じゃないけど。。なんなら中学生くらいから今まで人格変わってないけど。。これで今日から親?まじ?」

愕然とした。

そこからの子育ては、困難の連続。
(基本妻に任せっきりだったので偉そうに言うのは気が引けるんだけど・・・)

というか、子ども自体が常に成長して変化し続けるんだから、完成された「子育てメソッド」なんかないのよ。常に実験・PoCを回し続ける試行錯誤と失敗の連続状態。そりゃまぁきちぃわな。

ただ、徐々に感じて来たのが、「あぁ、俺の親も、『ちゃんとした大人として』俺を育てていたんじゃなくて、大人の役割を一生懸命演じながら、試行錯誤して俺を育ててくれてたんだな」という温かい目線と、

「そもそも子育てが『うまくいく』状態というのが幻想で、この「子どもと向き合って失敗しながらもあがき続ける」というプロセスこそが『子育て』というものなんだ」ということ。

そしてこの「こどもと向き合ってあがき続けることが大切なんであって、決して子育ての全てをうまくいかせなくても良いんだ」と気づくことが、親としての最初のマイルストーン、一皮剥ける段階だと感じる次第なのです。

そして本作では、ホアキン・フェニックスの非常に繊細な演技を通じて、ジョニーが「うまく子育てをしなければならない」という気張った状態から、「うまくいかなくて当たり前なんだから、とにかく、失敗したとしても、前へ、前へ」という状態へ、つまり「親として。大人として。」成長していく様が描かれる。

そう、まさにここでも上述のテーマ「方程式を解き続けることが大事(C'mon C'mon C'mon C'mon......)」というところに着地するのだ。

(そう考えると本当によく考えられた映画タイトル・・・タイトルが一番泣ける。。)

いやぁ、作品へのテーマの落とし込み方、本当に素晴らしいです。


さて、抽象度の高い話が長くなったので最後に具体的なところに言及しておくと、役者陣はみんな素晴らしい。これは皆認めるところだろう。
ジェシーを演じたウディー・ノーマン特にやっば。

そして白黒映像の美しさ。
もともとモノクロ映画には抵抗があったんだけど、『異端の鳥』を観てその映像の美しさ・力強さに感動し、その後『ライトハウス』『ベルファスト』等の白黒作品を定期的に鑑賞。

今ではモノクロ映像がかなり好きになっていて、そういう観点で本作も非常に良かった。なんか、映像の「表面的には温かいが芯のところで力強い」みたいな要素を増す気がするんだよなー。

一点、リアル子育て者としては、「そんな綺麗ごと言ってないで、ジェシーをもう少しちゃんと叱ったらんかい!そのままだと社会に迷惑かけるだろうが!」とは思ったけど、これは私の教育観が少し古いのだろうか。一応内省はしておきます。

以上。この通り、観た人がそれぞれ、自身の経験と照らし合わせながら色々と語り合える作品だと思う。

それってつまり、「豊かなアート作品」ってことだよね。
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