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由宇子の天秤のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
4.7
【歪んだ真実から事実を抽出する者ですら...】
第21回東京フィルメックスで学生審査員賞を受賞、第71回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品された春本雄二郎監督最新作『由宇子の天秤』が2021/9/17(金)よりユーロスペースにて公開となる。今回、試写会で一足早く観賞したので感想を書いていきます。

秋の優しい陽光の中、男はリコーダーを吹き、そして語る。

「はい、大丈夫です。」

女性のドキュメンタリー作家・由宇子(瀧内公美)はインタビュー対象者を休ませようとする。すると、彼は胸の内を明かし始める。

「今の部分使っていいですか?」

対象者が横を見ると、カメラマンが撮影していた。

ドキュメンタリー作家とは、歪んだ真実の中から事実を抽出したり、とっ散らかった事実をまとめて真実を生み出す存在である。繊細で、一歩でも間違うと瓦解してしまう関係性の中で、唐突に現れる事実や真実を捉える瞬発力が求められる。由宇子はリスクある人と人との間合いの中で、イジメ事件の真相を追っている。そして、その正義は時として対立を生み出し、依頼主とのミーティングの中で、意図的に真実を歪曲しようとする動きに抵抗しようとする。

彼女は撮影が終わると、塾講師として働く。実は実家が塾を営んでおり、それを手伝うことで、生活費の足しにしているのだ。

ここ数年、国際的に女性ドキュメンタリー作家の活動が著しい。第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品の監督はほとんど女性であった。日本でも『プリズン・サークル』の坂上香、『タゴール・ソングス』の佐々木美佳、『二重のまち/交代地のうた』の小森はるか&瀬尾夏美などと言った意欲作を発表する女性監督が沢山現れている。このドキュメンタリーを観ると彼女たちが活躍できるのもヒリヒリする、抑圧の先にあることがよく分かる。

『ペトルーニャに祝福を』で登場したジャーナリストのように、「撮ってはダメだよ」と言われている場所でも、時として鋭く足を踏み入れなければ事実に辿り着けなかったり、インタビュー対象者の不意打ちをつくことで思わぬ真実が浮上したりするのだ。

そんなドキュメンタリー作家・由宇子にある日試練が訪れる。

ある事件を通じて彼女は「当事者」となり事実を関係者に語るか嘘をつくかのジレンマに悩まされる。事実を語れば、今のイジメ問題の告発が闇に葬られてしまうかもしれないし、塾に通う生徒の人生を潰してしまうかもしれない。だが、嘘をつけば女の子の命を奪うかもしれない。トロッコ問題のような究極の選択を迫られる。

人間は弱い生き物である。どんなに理詰めで論理的に物事を考える人でも、由宇子のように隠蔽されつつある事実を掴もうと正義を貫き通す人ですら、当事者になってしまうと正解が分からなくなってしまう。通常であれば「嘘をつく」選択肢がないような彼女ですら、恐るべき隠蔽試みようとしてしまうのだ。

春本雄二郎の素晴らしいところは、こうした人間の弱さを登場人物の叫びで感情を揺さぶったり、時系列をいじる等の技巧に逃げたりすることなく愚直に画に捉え続けるのだ。

その姿は、監督はトークショーでダルデンヌ兄弟やアスガル・ファルハーディーの名を挙げてましたが、個人的にクリスティアン・ムンジウの作品を思わずにはいられない。『4ヶ月、3週と2日』における逮捕されるかもしれない極限状態で中絶を行おうと東奔西走する姿、『エリザのために』における受験できなかった娘のために不正に走ってしまう父親のような生々しさが『由宇子の天秤』に存在した。画的美しさが抑えられ、上映時間も2時間半ある作品でありながら、ドキュメンタリー作家特有の瞬発力が、どんどんと修羅場を誘発していくスリル。誰しもが陥ってしまうかもしれないどちらに進んでも地獄しかない状況での決断の辛辣さに胸を締め付けられました。

まさしく2021年を代表とする傑作の一つである。

日本公開は2021/9/17(金)ユーロスペースにて。是非、この深淵を覗いて見てください。きっと深淵もあなたのことを見つめ返してくることでしょう。