chidorian

由宇子の天秤のchidorianのネタバレレビュー・内容・結末

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

町山智宏氏が今年ベストとまで言い、他の批評家の評判も良かったので鑑賞。
だがしかし、つまらないとは言わないが、左程面白いとも思わなかった。
自分が満足しなかったときに、Filmarksのレビューで酷評を漁って溜飲を下げる、という底意地の悪いことをするのだけれど、概ね好評で困ってしまう。自分の感受性が狂っているんだろうか。何か大きなものを見落としているんだろうか。

つまらない訳ではないというのは、上映時間が2時間以上あるにもかかわらず(多少長いと思ったが)、飽きずに、居眠りせずに観られたから。構成や演出には確かな力があるのだろう。

しかし、最後まで、お話には乗れなかった。一番の原因は由宇子に感情移入できなかったからだと思う。

冒頭の、河原で被害者のお父さんに笛吹かせて自殺した娘のことを訊くシーンから、これテレビ取材の最低のやつじゃん!と思ったし、加害者とされる男性の親族にインタビューする際、弁護士に衝立越しの撮影を提案されて、由宇子は親族の映像が撮れないなら意味がないと帰りかけるが、これも映像に何かしらの付加価値を持たせようとするテレビの悪癖で、「決定的瞬間の映像」を偏重するニュースメディアの中にいる由宇子が、その後の取材を進める中でもその事に懐疑的である様子は一向に見せず、一方で「マスコミの暴力性」を自分たちの力で変えようとするところなど、ちゃんちゃらおかしくて白けてしまう。
自分はもうマスコミ、特にテレビには何の期待もしていないから、由宇子がそこに正義を見いだしていたとしても、まったく響かない。

だからなのか、おそらく対比として描かれているであろう、塾でのあれやこれやで由宇子の取る行動にも、左程の衝撃は受けなかった。だいたい悪事に手を染めてしまう正義の味方なんて、映画の世界にはごまんと出てくるじゃないか。

由宇子も由宇子の父も、なんとなくキャラがボンヤリとして掴みきれなかったのだけれど、高校生の萌と彼女の父親のディテールはやけに細かく描かれていて、素直に感情移入できた。
芸術家崩れらしい父親は不器用そうで、娘を経済的に支え切れていない。ガスは止められているけれど、電気は通っているし車もある。飲んだくれているわけでもない。貧乏暮らしもまだ日が浅い感じがする。娘はバイト代で月謝を払うことを条件に塾に通っている。絵が好きだが大学で普通に勉強して就職して貧乏暮らしから抜け出したいと思っている。ところがバイトをしていることが学校にバレて、生徒たちの噂では売春をして金を稼いでいるらしい。
由宇子の力添えで勉強を始める娘に目を細め、夜食を作ってやる父。テストで高得点を取ったご褒美にイヤリングをもらって喜ぶ萌。切ない。

それなのに、そんな事情を十分知っているはずの由宇子が、萌の売春の噂を、本人に直接批判を込めて告げるのは、あまりにも不用意すぎないか。このことによって、映画は最終局面を迎えるのだが、終始共感できないもやもやを抱えたまま、映画は終わる。

それが狙いなのかなあ。でもただもやもやするばかりで、特に何か学びがあったとは思えないんだよなあ。

これは批評に対する批評だが、現代社会の闇に鋭く切り込んでいるのかというと、それは扱っている題材が現代的なだけで、しかも左程目新しくもないから驚きもなく、実際のテーマは人間の感情の揺らぎという至極普遍的なものだ。

プロデューサーが由宇子に「おまえ、どっち側だよ」って言うシーンがあったけれど、メディアに関わっている人には刺さる作品かもしれない。自分はそっち側ではないし、自分の問題意識とはかけ離れていたし、目新しさも感じないから、総評としては、あまり面白くはなかった、ということになります。
chidorian

chidorian