塚原直彦

由宇子の天秤の塚原直彦のレビュー・感想・評価

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
4.2
絶対に思える正義ですら目線を少しずらせば、絶対の悪にも成り得るこの世界の無常さ。
そしてどんな人間であれ、心というものはわずかな重みで常にどちらにでも傾いてしまう儚さを粘り強く冷静に描いた怪作。

主人公の由宇子はドキュメンタリー監督であり、その彼女を更に我々が俯瞰からドキュメンタリー的に観察するという二重構造がまず面白い。
全編通してほぼ出ずっぱりの彼女を演じ切った瀧内公美さんの僅かにもたゆまぬ演技力と、凛とした画力の強さもアッパレ。
劇伴を一切使わない事により、強制的に観客をよりフラットな立ち位置へと向かわせたのも至極効果的に。

信じていたモノが目の前で崩れ落ちた瞬間に寄り掛かる事が出来るのは、やはり他者ではなく自分自身の心だけだ。
恐ろしく静かでスローなのに平衡感覚を失うジェットコースターに乗せられたような、まさに目の眩む不思議な映画体験。
ラストシーンに彼女の矜持が魅せたとある行動は、そんな不確かで煙巻くこの世界の一縷の希望に思えた。
塚原直彦

塚原直彦