平野レミゼラブル

ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

3.0
【陰日向に翔ぶ】
田中圭と土屋太鳳の夫婦役を観ると反射的に身構えるようになってしまったため『哀愁しんでれら』が犯した罪は重い。
いや、本作の圭&太鳳の西方夫妻は理想の夫婦なんで大丈夫ですよ!!あんなことや、こんなことにはなりませんよ!!というか、実在の人物だからなったとしたら大問題ですよ!!!

1998年長野冬季五輪。スキージャンプ男子団体において原田雅彦率いる日本代表は見事金メダルを取ったが、その舞台裏には25人のテストジャンパーの存在があった……!スキージャンプを題材にしたスポ根映画ですが、メインになるのは表舞台に立って歓声を浴びる日本選手団ではなく、歓声を受けることのない完全裏方の人々ってところが珍しい。
そして、その裏方の主人公にあたる西方仁也選手をはじめ、その多くが実在の人物でほぼ実話ということが胸を熱くさせてくれます。
テストジャンパーは「裏方として」ではありますが日本代表と同じように五輪に参加しており、それこそ代表よりも多く跳んでいるにも関わらずまるで見向きもされない存在。それでも、極少人数から評価される聖域が美しければ良いじゃないか!って落としどころに持っていくのが素晴らしかったです。

ただ、そんな裏方の感動はあるんですが、僕が楽しみにしていたのは実は表舞台の方でして。
もっと具体的に言うならば『カメラを止めるな!』の濱津隆之さんの演じる原田雅彦選手が観る前から一番の楽しみであり、本作を観る最大のモチベーションでもありました!
スキージャンプ知識は全然だし、長野五輪の記憶も全くなんですが、それでも「ふなきぃ~、ふなきぃ~」でお馴染みなあの泣き笑い顔は印象に残っていまして、それをあの濱津さんが演じる姿を想像すると滅茶苦茶しっくりくるっていう。
実際、濱津さんの原田選手は、容姿といい雰囲気といい、実にご本人様そのもの。「ふなきぃ~」こそ言わなかったんですが、有終の美を飾るあのくしゃくしゃの泣き笑い顔が完璧で、あの時原田選手が抱いていたあらゆる感動がそのまま伝わってくるようで本当に素晴らしかった。

思えば、原田選手は長野五輪の前のリレハンメル五輪でジャンプに失敗し、日本代表が銀メダルに終わった戦犯として扱われていました。オリンピックという、ただでさえとんでもないプレッシャーがかかる表舞台で、4年前の失敗によるプレッシャーまで加わったその心地というのは想像もつきません。
そして、そんな原田選手を演じる濱津隆之さんは、本来であればそこまで前に出てくるタイプの役者さんではありませんでした。『カメラを止めるな!』の想定を遥かに超える大ヒットにより、一躍有名になった時の人。突如表舞台へ引っ張りだこになるプレッシャーというのもまた、計り知れないものがあります。

しかし、原田選手はそのプレッシャーを跳ね除けて見事に跳んでみせた。
そして濱津さんもまた、そんな原田選手を見事に演じ切り『カメ止め』の日暮監督に続くハマり役として飛躍したのです。
原田雅彦と濱津隆之。彼らを繋ぐものは、実は容姿や雰囲気といった表面的なものではなかった。巨大なプレッシャーを抱えた背景、そしてそれを跳ね除けるだけの実力。こうした内面的な部分まで重なったからこそ、本作で2人は綺麗にシンクロしました。
K点越えのハマりっぷり。濱津さん、お見事です。


原田さんが役柄として白眉でしたが、その他にも印象に残る人物は結構いました。
テストジャンパーの一人、高橋竜二さんは生まれついての聴覚障害を持ちながらもジャンパーとして活躍。五輪代表を打ち破るほどの実力(最長スコア131m)を持っていたのも実話っていうのは驚くべき限り。山田裕貴くんの聴覚障害者の喋り方の再現も巧く、彼もまた演技派として飛躍していることを実感できて良かった。

テストジャンパーでは唯一の女性の小林賀子は、昨今のトレンドに合わせた創作人物…かと思いきや葛西賀子さんというモデルとなった人物が存在していたのも驚き。実在の賀子さんも高校生の時からテストジャンパーとして五輪に関わり、まだ女子ジャンプが正式種目ではなかった黎明期を支えた凄い人だったんですねえ。
彼女周りは結構ドラマを創作しているんで「葛西」→「小林」と苗字は変更されていますが(レジェンド葛西と苗字が被ってしまったことも変更の要因の一つな気がする)、ドラマにも負けないソウルとパッションがあったことが感慨深い。


ただ、肝心の物語なんですが、所謂「心情や状況をベラベラ喋りすぎ映画」となっていまして今一つ……
一度滑り出したらあとは跳ぶだけっていうスキージャンプの種目内容を考えたら、いくらか仕方ない部分もあります。それでも、ジャンプ外での日常描写でも人の心情を他者が推し量ってべしゃり倒す…みたいな描写は頻発されまして、ちと情緒に欠ける。

あと安全管理の面から問題提起したのに、やっぱり皆が熱意をベラベラ言葉にして押し切るのも勢い任せでロジック不足ではありましたかね。論理に対して言葉で突破する前時代的スポ根精神は別に否定はしませんが、それでも跳ぶことにトラウマを抱えたままの人もいるのに大丈夫かよって気持ちは強くなってしまう。

それ以上にキツかったのが「ヒノマルソウル」推しすぎ問題でして……山田くんの高橋さんは素晴らしい演技だったんですけど、事あるごとに「これってヒノマルソウルじゃないですか!?」って推してくるのは流石に鬱陶しかった……
流行語大賞でも狙ってんのかってレベルに「ヒノマルソウル」の単語を捻じ込んでいくので、割とベタな盛り上げ描写も含めてちょっと気恥ずかしい部分がありました。

とは言え、高層ビル33階の高さから時速90kmで跳び降りに向かうジャンパーたちの尋常じゃない精神性や、それを日本代表よりも数多くこなしていく裏方の知られざる努力を思うと感嘆するばかり。
先にも言いましたが、観衆には見向きもされないけど、それでもその雄姿をしっかり見てその努力に敬意を払ってくれる人はちゃんといるという「聖域」を作り上げたのが良いのです。