ambiorix

鹿の王 ユナと約束の旅のambiorixのレビュー・感想・評価

鹿の王 ユナと約束の旅(2020年製作の映画)
2.9
「映像化不可能と言われたあの原作を映像化!」なんという売り文句がありますな。この手の作品を実際に見てみるってえと「別に映像化しなくてもよかったんじゃないの…」となることがほとんどだし、先人たちが映像化の道を選ばなかった理由もなんとなく分かろうてなものですが、同じく予告編のド頭で「映像化不可能〜」などと謳ってみせた本作『鹿の王 ユナと約束の旅』も御多分に洩れずダメ映画でした。ただ、暴力に依らない人間同士の相互理解の可能性を示す、科学軽視の風潮に警鐘を鳴らすなどして、テーマはわりと現代的なんですよね。ポストトゥルースやコロナの時代だからこそ作られるべき映画ではあったと思う。じゃあこの作品のどこがダメだったのか。公開前に大ヒットが期待されながらも興行的には大爆死を遂げてしまったわけですけど、そうなった理由を三点ほど考えてみたい。
真っ先に挙げられるのがキャラクターデザインの失敗でしょう。特にヒロインのユナ。端的に言って微塵もかわいくないし、むしろ不気味ですらある。ポスターでもキービジュアルでも何でもいいが、これを見て「よし、いっちょ映画館に行ってみるか」とはならないんですよねやっぱり。キャラデザは監督の安藤雅司自らが手掛けているそうですが、俺はどっちかっていうと、制作のProduction I.Gの悪いところが存分に出たデザインだなと感じた。なんだろうな、萌え萌えしたいかにもアニメでございってな感じの絵柄は絶対に嫌だ、ってんで個性を脱色脱臭していった結果、観客の誰にも刺さらないアプローチのデザインになってしまった…という意識高い系ダメアニメの典型例。I.Gがよくやっちゃうパターンです。安藤雅司といえば『君の名は。』のメインアニメーターをつとめた人ですから、田中将賀のポップでキャッチーな絵柄を手に入れた新海誠が「いまいち一般受けしない辛気くさいアニメ作家」のイメージから一気に脱却していった姿を目の前で見てるはずなんだけどなあ…。少なくとも日本人の観客はアニメアニメした絵柄に抵抗のない民族なので、もうちょっと振り切ったデザインにしてもよかったと思う。
お次はアダプテーションの失敗。活字媒体である小説を、映像と音の組み合わせによって作られる映画、というメディアに翻訳し損ねてしまった。分かりやすいところでいうと、専門用語の圧倒的な分かりにくさで、とにかくジャーゴンが多すぎる。病気をミツツァルと言ってみたり、タイトルで「鹿」言うてるくせにわざわざピュイカと言い換えてみたりと挙げればきりがない。しかも、登場人物の発するセリフのほとんどが状況や設定の説明をする役割しかない上に、一つのセリフがいちいちジャーゴンで埋め尽くされるわけですから、聞いていてほとほとうんざりしてくる。途中で「あれ、そういえばミツツァルって何やったっけ…?」となってしまい、作品を楽しむ上でのノイズになってくる。ここは原作特有の雰囲気をばっさり切り捨ててでも分かりやすさの方を優先してほしかった。
最後は身もふたもない話ですけど、ストーリーがしょーもない。冒頭で、この映画はアクチュアルなテーマを描いている、かなんか書きましたが、その着地のさせ方がとんでもなくお粗末。「暴力を伴わない相互理解の可能性」の方は、ネタバレしちゃうと、一触即発ムードだったツオル国とアカファ国が最後の最後で主人公のヴァンや医師ホッサルの尽力によって和解、世界は平和になりましためでたしめでたし、ってな結末を迎えるわけですけど、ちょっと待ってほしい。二国のパワーバランスが対等ならその理屈も成り立つのかもしれんが、「ツオルがアカファを力でもって屈服させている」という構図はラストにいたっても未だに温存されたままなのよ。相互理解を謳いつつも結果的には強者の論理に与してしまっている。こんなもんはただの欺瞞でしかない。好感をもてる要素が何ひとつ存在しないツオルを思う存分ぶっ殺してくれた方がむしろありがたかったかも。でもって、「科学軽視の風潮に警鐘を鳴らす」の方も酷い。病気は全部呪いの仕業だといって聞かないツオル側(実際のところは陰謀論でもなんでもなかったりする)に対し、医師のホッサルが病気の抗体を得る方法や治療法というエビデンスを突きつけることで論破、事なきを得る。これ自体は別にいいんだけど、「アカファの人たちは鹿の乳を飲んでるから病気にならないんだ」だの「ヴァンはその辺に生えてる草を食ってたから病気に耐性があったんだ」だのと抜かし始めるんで呆気にとられてしまった。病気の謎を2時間引っ張って引っ張って出した答えがそれかよ、っていう。コロナの初期に流行った「日本人は納豆をよく食うからコロナに罹らないんだ!」とかいう謎の言説を思い出したな。いま思えば何やったんやろうな、あれ…。科学を軽視するスタンスに警鐘を鳴らしておきながら、自分が傾倒していたのはエセ科学だった、みたいなガッカリオチ。
何かひとつ褒めるとしたら動物の作画でしょうか。最近のテレビアニメは、っていうかことによると劇場アニメですら動物を安っぽいCGでテキトーに済ましているところが多いわけだけど、そこには経済的な理由以外にも、動物のアクションをきちんと描けるアニメーターがいなくなってしまった、という退っ引きならない事情があるんだと思う。ところが本作『鹿の王』はタイトルに付された鹿に限らず犬や馬にいたるまでのすべてが手描き(のはず…)。肉体の動き、疾走感やなんかがめちゃくちゃリアルに表現されています。ここだけは本当に素晴らしいのでぜひ見てほしいです。ちなみに余談ですが、『SHIROBAKO』というアニメ作りを題材にしたアニメの中で、馬の絵が描けないよォなんつって若手がウンウン呻吟しとるところに古参のアニメーターがやってきて大量の馬をちゃちゃっと描いてしまう、なんてエピソードがありました。見方を変えればあれほど世代間による技術の断絶ぷりが如実に出た場面もないと思うのですが、あそこのシーンで実際に馬の作画を描いてみせたのが誰あろう、本作のメインアニメーターでもある井上俊之なのでした。そらウマいわね。
ambiorix

ambiorix