ジェイコブ

プロミシング・ヤング・ウーマンのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

医大を中退した後、カフェで働くアラサー実家暮らしのキャシー。彼女はそのビジュアルから、言い寄ってくる男も少なくない。しかしそんなキャシーの生きがい、それは夜のバーで泥酔したフリをして、声をかけてきた男をハメて痛い目に遭わせる事。キャシーは男達の名前をノートに書き、朝になれば退屈で平凡な一日を過ごす。両親は恋人も友達もいないキャシーに自立を促すも、彼女は聞く耳を持たない。ある日、彼女の働くカフェに大学の同級生だったライアンが訪れる。ライアンは優秀だったキャシーがなぜカフェで働いているのか疑問に思うが、かつて思いを寄せていた彼女にアタックする。キャシーはライアンを疎ましく思いながらも、彼の誠実さに触れるうちに、次第に心を惹かれていく。そんな中、ライアンはふと大学の同級生であるアル・モンローが結婚することを話す。アルの話を聞いた途端、キャシーの表情は一変する。それはキャシーの幼なじみであるニーナを死に追いやり、キャシーの人生をメチャクチャにした男の名だった。アルや当時の仲間達が幸せに暮らしている事を知ったキャシーは、壮大な復讐計画を企てるのだが……。
女優としても活躍するエメラルド・フェンネル長編初監督作品で、今年のアカデミー賞脚本賞を受賞したことで話題となった。主演は「未来を花束にして」で女性の地位向上を訴えた実在の活動家を演じたキャリー・マリガン、またハーレクイン役で知られるマーゴット・ロビーが制作として参加している。もうこの段階でどういうタイプの映画か想像がつきそうだが、本作は良い意味で予想を裏切る内容の映画であった。キャリーの演じたキャシーは、これまでに見たどの復讐映画でも見たことのない「闘う女性」の姿である。過激な復讐を描くタランティーノ映画であれば、男の一物を吹き飛ばすくらいやってのけるものだが、平凡な女性であるキャシーは暴力には頼らない。女性に対する上っ面の優しさをかけ、自己保身を確立させつつも性欲だけは安全に満たしたい彼らの矛盾した下心を巧みについて思い知らせる。女性を泥酔させた末でのレイプは、世界各地で頻繁に起きているありふれた事件である。キャシーは被害者にとっては天使であり、加害者にとっては戒めとなる、全く新しいヒロイン像と言える。また、本作ではキャシーの人生を大きく狂わせたニーナの事件や、ニーナ自身を直接映しておらず、あくまでも観客に想像をさせるように仕向けている。
本作を見たとき、ふとoasisの楽曲「Don't Look Back In Anger」が頭を過ぎった。その理由として、曲が語らんとするテーマ「すでに起こってしまったことを振り返って感情的になってはいけない。君の人生をめちゃくちゃにしてくる奴らに振り回されるな」と、本作のメッセージが合致しているからである。キャシーは復讐によって自らの人生を自分の手で壊しており、これまでずっとニーナの死に責任を感じて生き続けてきた。本作におけるキャシーの顛末は悲劇以外の何物でもなく、非常に余韻を残したエンディングを迎える。
クライマックスでキャシーは復讐の最中命を落としてまうが、彼女はあらかじめ保険をかけており、死なばもろともと言わんばかりにアルやその仲間、さらには自己保身からアルの味方をしたライアンの罪を告発する。そのラストシーンで特筆すべきは、最後の復讐相手である「5人目」が明確にされていない事だ。これまでの流れを考えれば一見ライアンに対するものと思えるが、個人的解釈としてキャシーが自分に課した罰もその中には含まれていると考えている。というのも、キャシーはライアンと出会って人を愛する気持ちに再び芽生え、ニーナの母親から前にすすんでほしいと言われた事で、一度は復讐を断念している。キャシーが復讐を思い留まるチャンスは何度もあったにも関わらずキャシーは復讐を続け、強硬手段へ出たばかりに、自分の前に広がっていたであろう「未来」を捨て去った。キャシーが最後の最後で取った復讐とさ、少しでも幸せになろうとした自分への罰として、自分の死と引き換えにアルやライアンにニーナの死の責任を負わせた事だ。彼らがその後、どんな人生を歩むことになるかは、想像するに容易い。正に誰一人として幸せにならない結末である。
奇しくも、小山田圭吾の過去のイジメ問題がネットを中心に盛り上がりを見せている現在。鑑賞者の中にも、彼の事が頭に浮かんだ人も少なくないだろう。それは、キャシーに弁解しようとする人々の語る「あの時はそういう時代だった」は正に同氏を擁護する人々も使っているからなのが、また何とも言えない気持ちにさせられる。
人は過去から逃れることはできない。忘れ、消し去ろうとするたびに追いかけてきて、現在を蝕もうとする。しかし、復讐によって自分や、誰かの未来を作り出すことはできない。なぜなら復讐は過去と向き合うこととは違うからだ。本作は復讐をテーマに描きつつも、復讐によって幸せがもたらされることは決してない事を伝えてる、現代の寓話と言えるだろう。