幽斎

罪と女王の幽斎のレビュー・感想・評価

罪と女王(2019年製作の映画)
4.4
デンマークの留学生に「観て欲しい作品が有る」と紹介され、いそいそと京都のミニシアター「京都シネマ」で鑑賞。原題「Dronningen」女王、ポスターを見てヒューマン・ドラマと思ったら見当違いも甚だしい。それを異国の女子学生達と一緒に観るとは"笑"。トーキョーノーザンライツフェスティバル2020作品。

May el-Toukhy監督(かなりの美人、まだ44歳)、高校を卒業して演劇学校で脚本や監督の勉強をしながら短編を発表して腕を磨く。ドラマ製作で生計を立てながら長編2作目の機会を伺う最中、ハリウッド発MeToo ムーブメントに触発され、男性と女性の力関係に着目。社会的立場の強い年上女性と、弱い立場の少年を念頭に、スクリプトのリサーチを始める。レビュー済「リンドグレーン」出演Trine Dyrholmを自宅に招いて、性被害者のセラピストに話を聞く事で、本作の骨格は固まる。デンマーク最大手Nordisk Film製作、北欧の誼でスウェーデンの自動車メーカー「ボルボ」の支援で世界の映画祭に出展された。

デンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)作品賞ほか主要9部門受賞。北欧最大の映画賞ヨーテボリ映画祭で最優秀ノルディック賞。チューリッヒ映画祭主演女優賞。サンダンス映画祭観客賞。オスカー国際長編映画賞デンマーク代表。Susanne Bier、Lone Scherfig、デンマークを代表する先輩女性監督の頂点に立つ。似たプロット1995年「誘う女」私の好きなNicole Kidman主演でゴールデングローブ主演女優賞受賞。実際に有った事件を基に書かれた小説「誘惑」がベース。スリラーとしても傑作なので未見の方は此方も是非。

「誘う女」と違う点は女も男も恋愛の対象と見做さず、セックスのみで有る事。女が自分に都合の良い言い訳をせず、性欲と支配欲を剥き出しにしたルーティーンに徹する。言い換えれば男側が社会から同情を得難い事を示す。ハリウッドなら、社会的倫理観を上から目線で問うが、それを脚本で巧みに回避する。若い男グスタフが若い女とセックスするのを見た事で、50歳(Trine Dyrholmは49歳)の中年女アンネが「女として見られたい」承認欲求が頭を擡げる。何処にでも有る話だが、ポイントは夫とセックスレスでは無い。この点が作品を見た男女で感想が大きく割れる分水嶺に為る。

秀逸なのはアンネは未成年の被害者を擁護する弁護士、と言うリバーシブル・プロットに有る。年増女と未成年男と言う日本が誇るAVの定番ジャンルと、仕事では熱心に未成年を保護する姿を「交互」に見せる事で、アンネが一方的な胸糞女と言う安易な設定を打ち消す、それを演技力で見せるTrine Dyrholmが素晴らしい。弁護士と言う特性を生かして年下男を操るが、それも年上女なら誰でも経験が有る話で、ジェンダーから叩かれる点を監督が演出で上手く摩り替えてる。アンネの内面にフォーカスを当てる事で、アンネ自身も性的虐待を受けた過去も浮かび上がる。グスタフ役Gustav Lindhは当時22歳。スウェーデンの配給会社の紹介で抜擢されたが、デンマーク批評家協会賞助演男優賞受賞。

Incest Taboo、近親相姦。AVの定番は「父と娘」「義父と嫁」ですが、最近では「義母と義理の息子」がトレンドに。監督はインタビューで「ギリシャ神話のフェドラ物語」をインスパイアと語るが、確かにネットで「女性教師と生徒が(以下省略)」の記事を見ると「誰が被害者?」とコメントが付くが、果たして本当にそうなのか?。インタビューの続きで、年上の女性と若い男との関係を世間が過度にロンマンチックに捉える傾向が有るとキャストと議論したと語るが、本作では弁護士と医者と言う絵に書いた上級国民が、義理の息子の登場で、簡単に疑心暗鬼に陥り、鉄壁の夫婦関係と親子関係がセックスで脆くも崩れ去り、家庭が崩壊する。人は「性」で始まり「性」で終わる、欲求の根幹Basic Instinct(基本本能)まで鮮明に映し出した。

デンマークだけで無く北欧全体に言えるが、実は強姦の被害者が突出して多い事をご存じだろうか?。レビュー済「蜘蛛の巣を払う女」シリーズのドラゴン・タトゥーの女でも描かれ、EUに加盟する時に遡上に上る程深刻化。日本も強制性交等罪、被害者の告訴が無くても起訴できる様に厳罰化されたが、所轄の警察の対応一つで代わり栄えしない懸念が有る。弁護士の友人は「不同意性交罪」が立法化されないと警察は動かないとお冠だが、デンマークで2017年に強姦の被害に遭った女性は、凡そ24,000人に対し、被害届出は僅か890件、起訴に至ったのは535件、有罪は94件に留まる。EU加盟31カ国の中で、同意なき性行為を強姦と法律で定める国は、僅か9カ国に過ぎない。本作が製作された2019年、デンマークも加盟を批准した。我が国も一刻も早い法案成立が望まれる。

人は天使にも悪魔にも成れる生き物。正義と欲望の犠牲を問うダーク・スリラーの傑作。


【気分を害される恐れが有るので任意で御覧下さい】

以前性被害に遭われた女性からお話を聞く機会が有った。その方は小学生の頃から60代の祖父から強姦を受けた。共働きの父母に代わって面倒を見た祖父の前では「弱者」を求められた。力を振り絞り実父に強姦を打ち明けたが「無かった」事にされた。最後の望みを託した母も、同じ女性として味方に成ってくれなかった。世間体を守る為に、自分達大人を守る為に。

この作品を見た後で彼女の事を思い出し、久し振りにコンタクトを取った。今は親に成るかもしれない自分に対して前向きに生きてると、嬉しいメッセージが帰って来た。私は本作の事を話し、ヒューマントラストシネマ有楽町で、東京へ出張した時に観る約束をした。元気そうな彼女を見て安心したが、本作を観た感想は「作ってくれてありがとう」だった。彼女は、そうじゃない側の大人に成りたいと、率直に語ってくれた。今付き合ってる彼氏と結婚も考えてると明るく笑ってくれた。直視したくない現実を乗り越えた彼女に、幸あれと京都へ戻った。次に会う時は結婚式だなと。
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