近本光司

夢のアンデスの近本光司のレビュー・感想・評価

夢のアンデス(2019年製作の映画)
2.5
かつてパウリーナ・フローレスの『恥さらし』という小説を読んだときのこと。1990年代から現代に至るまでのチリを舞台にしたこの短編集に、いわゆるマジックリアリズム的な筆致を期待していたわたしは、この若き作家のむしろ素朴ともいえるナラティヴに肩透かしを喰らっていたのだった。しかしチリの事情に精通する友人は、この小説はチリという土地の「仄暗い感じ」がよく出ていると評した。そのときはその評の意味するところがよくわかっていなかったのだが、『夢のアンデス』を観て得心がいく。グスマンがいささか過剰なノスタルジアをこめて語る古きよきチリの国土はすでに失われて久しい。チリの動乱に満ちた歴史の傍らで、サンティアゴの街路に敷き詰められた敷石はそこで流された血を受け止め、アンデスの山々はただそこに在り続けていた。岩という物質に悠久の時間の証人というモチーフを割り当てて描出されるチリ近代史。亡命により故郷を不在にしていたからこそ語ることのできる郷土史。