銀色のファクシミリ

私がモテてどうすんだの銀色のファクシミリのネタバレレビュー・内容・結末

私がモテてどうすんだ(2020年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

『#私がモテてどうすんだ』(2020/日)
劇場にて。原作未読なのが大きいのですが、印象と予想をことごとく覆して展開する90分の物語は、ほぼ非の打ちどころなき学園ラブコメの傑作でした。とりわけ楽しさと構成、収斂の見事さは年間ベスト10級。映画は本当に観てみないと判らない。

あらすじ。芹沼花依(富田望生)は、アニメとBLを密かに熱愛する高校生。そして学校でイメケン同士のカップリングを妄想する日々を送っていた。ところが好きなアニメキャラの死亡で寝込んでしまい、激ヤセした彼女は美少女(山口乃々華)に大変身。イケメン君たちは花依に一目惚れしてしまうのだった。

感想。マンガみたいな冒頭(マンガなんだけど)から、唐突に花依役の富田望生と山口乃々華の二人とも登場し、メインキャストも出てきて主題歌のミュージカルシーンが始まります。物語の始まりを告げつつ「こういう作品です、楽しんでね」とフィクションラインを明確にする。この流れは秀逸でした。

ここからの展開がとても予想外。あらすじ部分が「起」なら「イケメンカルテットに、重度のアニメ&BL好きの趣味がバレないように主人公がが右往左往する話」が「承」。そして「承」は、あっという間に終わってしまう。この話を主筋として5人の恋愛模様を描く話だと予想していたので、この後の展開に俄然興味が湧きました。

そして今までとは全く別方向からある人々が現れ、花依に近づいてきて「転」が始まる。花依本人は気づいていないのですが、この人々と深く関わることで「リバウンド、ダメ。絶対。」の制約が生まれてしまう。この制約が物語的に最後まで効いていました。

「転」「結」の物語こそが本筋で、アニメファンでBL好きという花依の本質を織り込みながら、彼女のもう一つの本質を描いていく。その本質が4人のイケメンをどう変えていくか、そして今まで妄想の対象だった4人に囲まれて花依は変わるのか。その結末は学園ラブコメならではであり、同時にこの作品ならではの見事な着地でした。スタオベ級。

少し話を戻して、中盤に大事件が起きるのですが、その時の花依を見た4人とそして観客は同じ気持ちを持ったと思うのです。それこそが彼女のもう一つの本質。その時の気持ちを誰も口にしないのですが、4人の行動でそれを伝える良き映画でした。キラキラ映画とあなどるなかれ。ネタバレなしでの感想はこれでオシマイ。

ちょっと追記。観終わった後に最初に思ったのは「どこに出しても恥ずかしくない良い映画だけど、タイミングがなあ」でした。公開当時は、青春映画に食指が伸びる方は「のぼる小寺さん」か「アルプススタンドのはしの方」が優先されるだろう時期でした。「わたモテ」も良い映画なので、お時間が合えば是非。追記もオシマイ。

『#私がモテてどうすんだ』ネタバレ感想。
重度のアニメファンでBL好きという本質を持つ主人公芹沼花依とは、王子様を待っていないシンデレラ。そして彼女のもう一つの本質を言葉ではなく観客の心に分からせてしまう演出の凄さ。

主人公の芹沼花依は激ヤセして美少女化する。見た目が突然美しくなり、王子様たちに注目されるのですから、まさにシンデレラ。しかし彼女は「王子様の横には王子様がいるべき!」と公言する重度のBL好きで、シンデレラでありながら王子様が来るのを待っていない人だった。この点がこの物語をありきたりな学園ラブコメとは一線を画すものにしています。

最初のデートまでは、花依は自分の趣味を隠すことに必死でしたが、結局は四人の王子様に自分の趣味を告白し謝って、デートを終わらせ帰宅してしまう。この時点で花依は「王子様より趣味を選んだ」わけで、四人全員を振ったという大きな事実が生まれました。

ここでこの物語は、四人の王子様に嫌われないようにオタクの女の子が右往左往する話ではなく、自分たちを見てくれないシンデレラを追う四人の王子様の話になったのです。

惚れた弱みもあり、またライバルが3人もいる。重度のアニメとBL趣味にはさすがに引き気味ながらも、それを王子様は受け入れるしかない。「そういう趣味は止めてほしい」などと要求すれば、花依はGetWildのBGMと共に自分の元から去ってしまうのは、既に経験済みなのです。王子様が四人もいる、ライバル間の相克もあるからこその展開に納得。

そして本筋である演劇部の勧誘。ここで花依のもう一つの本質が浮かんでくる。周りが驚くほどに外見が変わっても彼女の中身は変わらずブレないのです。美少女化して、ちやほやされても舞い上がるでもなく、親友のオタ友を見下すでもなく、外見に惹かれて寄ってきた連中を見てニヒルにもペシミズムにも陥らない。

そしてなにより美少女化したからやってきた演劇部員たちに嫌悪を示すこともなく、「こんなに期待されて頼まれたのは初めてだから」と劇の稽古に励む。メリットなどなくても重大な役を引き受け、なんとかしようと雨中でも練習を止めない。とても利他的な行動がとれる「善き人」なのです。

ここでの「善き人」なのは、激ヤセした美少女・花依役の山口乃々華さんの姿ですが、リバウンドして花依役がまた富田望生さんになった時に、この作品の演出の素晴らしさが発揮されます。

美少女から普通に戻ってしまった花依でも、観客は彼女への好意は下がらないはず。彼女が「善き人」だと見てきたから、外見で好感度が変化しないのです。

これは王子の一人、史学部の六見先輩(元々外見で印象を左右されない、花依の人格を好きな人)以外の3人の王子もそう感じている。外見が美少女になったから近づいたのに、普通に戻ってしまっても、なぜか「好き」なまま。つまり外見じゃなく彼女の人柄を好きなってしまっている。それを3人が気づくのです。

これをセリフなどではなく、観客の中に「好き」の気持ちを生まれさせて、物語と王子様達の内面を理解させてしまう。観客の気持ちをコントロールしないと成功しないわけですから、それを過剰な説明セリフに逃げずに演出力で挑んだ志の高さと、難題への挑戦の意欲は素晴らしいと思います。

様々な秀作や話題作よりもこの作品を月間No1に選び、年間ベスト10の一作にし、フィルマークスで4.8のスコアをつけた最大の理由です。

最後に花依の出した結論について。
自分の趣味を受け入れ、はっきりと好意を示してくれる四人の王子様に申し訳なく思いながらも、最後まで彼女は誰も選べず「自分らしさ」を選び、恋愛については「保留」というところに落ち着く。あの「自分らしさ」の表現は最高でした。

ただ大人の恋愛映画ならばどうかと思いますが、未成年主人公のもつモラトリアム、「今決めなくてもいいじゃないか」と思える、学園ラブコメの良い部分を活かした結論になっていると思いました。でも四人はそれでいいの? とも考えますが、それは神社の境内のシーンで四人の気持ちは明らかにされている。この映画、本当に良く考えて作っているなあ、と感じました。好評な今年下半期の青春映画のいづれにもひけをとらない傑作ですが、キラキラ映画のイメージから映画ファンにはスルーされてしまう作品かなあと、モッタイナイと思えます。ネタバレ感想もオシマイ。