いの

マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”のいののレビュー・感想・評価

3.5
ドキュメンタリーにスコアをつけるのは難しい。取り上げている題材が良ければなおのこと。わたしのこのスコアは、ドキュメンタリー映画としてわたしがどう感じたかというスコアだということを、あらかじめおことわりさせてください。


2008年、メゾン マルタン マルジェラ20周年のショーを最後に、ファッション業界から去ったマルタン・マルジェラ。公の場に全く登場しなかった彼が、語る。姿は見せない。声と、手だけ。


今作では、マルジェラ本人の語りのほか、数々のメモや過去のショーなどの映像、関係者の話から構成されている。引退前から、すでにインタビューや撮影拒否など、容姿を見せてこなかった彼だけど、生真面目であるからこそ、自分の顔で作品を売ることはしたくなかったこととか、自作を語ることで言葉の枠に自作をはめることはしたくなかったことなどが伝わってくる。思索に富み、チャレンジャーであり続けようとすること。そして自己に正直であろうとする彼には、商業ベースに乗ってやり続けることはできなかったんだろう。


引退から10年以上経って、なぜ沈黙を破ったのか。それは、監督が信頼を勝ち取ったかららしいけども、その理由として、わたしが想像することは2つある。


まずひとつめ。マルジェラは、ひとことの別れも言わずに去ってしまったことをずっと気にしていて、この映画を通して、かつての仲間に、きちんとお礼を言いたかったんじゃないかと思う。けじめってやつですかね。


ふたつめ。2018年にマルタン・マルジェラの回顧展がパリのガリュラ美術館で、およそ4ヶ月にわたって開催され大好評だったらしい。それがとてもうれしかったんじゃないかな。10年経っても、自分の作品は受け入れられていることのよろこび。自分の作品はしっかりと皆の記憶に留められ、今なお、色褪せることなくモードのなかで鮮やかに生きている。そのよろこびに支えられ、語ってみる気持ちになったのだろうと、推察しちゃった。


マルジェラの匿名性を守りながらこのドキュメンタリーを完成させた、監督のその労苦は、きっとわたしの想像をはるかに超えたものなんだろうと思う。でも、多くの関係者の賛辞や、本人の語りをもってしても、言葉はやっぱりマルジェラのデザインした作品には及ばないとわたしは思うのだ。言葉はどこかしら空虚で、なんだか虚しかったりする。


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賛辞は続くと飽きる。エルメスと提携したときのコレクションはイマイチだったと批評した方(キャシー・ホリン)と、マルジェラ本人によるそのデザインの意図、その見解の違いとかは興味深かったな。



(*いつもたいてい調べないで書くのですが、今回、固有名詞などパンフを参考にしました-)
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