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パピチャ 未来へのランウェイの821のレビュー・感想・評価

3.5
1990年代、アルジェリア。「暗黒の10年」と呼ばれた内戦の時代。長年のフランスによる植民地支配から解放された60年代、そして国家立て直しの7、80年代を経て、イスラーム主義勢力の台頭により混沌に陥った時代。その時代に生きるある一人の女子学生の実話に基づいた話。

好きな格好をして、好きな音楽を聞いて、行きたいところに行って、学生生活を楽しんで、なりたい夢を追求する。そんな当たり前にできるべき事を奪われて、血と暴力による制裁の手に脅かされる。過激な思想を持つ者たちを快く思わない周囲の大人(特に男性)たちも、それに声をあげて、反対をする、女性たちの権利を守ろうとするわけでなく、ネジュマ達にそれを迎合しろと諭す。そんな不条理で理不尽な社会に吐き気がするほどの怒りを感じる作品でした。
不穏な空気がひたひたと忍び寄り、身の安全を脅かされつつも、ネジュマは自分らしく生きる事を諦めず、祖国を愛し、前を向いて立ち向かう。その姿勢に心を打たれました。

アルジェリアの映画は60年代の『アルジェの戦い』しか見たことがありませんでしたが、90年代の閉塞感やフランス語とアラビア語の入り混じる会話、フランス文化を色濃く残した社会を初めて見ることができてとても勉強になりました。そして前々から聞いてはいたんですが、アルジェリア方言のアラビア語が思った以上にフランス語寄りの印象で驚きました。

ネジュマの直向きさに心を打たれはしたんだけど、イスラーム主義的に回帰した社会での彼女の存在はちっぽけで、取るに足らない。社会の畝りが大きすぎて、それに立ち向かっていく彼女があまりにも哀れに思えてなりませんでした。彼女を含めた女子学生たちの抵抗でどうこうなる社会では全くない。あまりの救いの無さにこちらも絶望しました。作中で描かれたのは90年代。たしかに、その時代に生きたネジュマの「ある視点」の物語ではあるんだけど (カンヌの「ある視点部門」正式出品がすごくしっくりくる)、その後のネジュマ達がどうなったのかを知りたいと強く思う作品でした。

気になったのは、あまりにも辛い悲劇が起こるにも関わらず、その後のタッチが少し軽く感じてしまったこと。数多くの酷すぎる事が起こっているのは理解しているし、それでもネジュマは負けずに立ち向かって行くことを理解してはいるんだけど、その軽いタッチのせいで作品のトーンとこちらの心情に乖離が生じて違和感を抱いてしまいました。あと、これも個人的な感想ではあるのですが、イスラームの信仰そのもの自体が悪ではないことを、その暴力性がイスラーム自体に由来するものではないことをもう少し強調して欲しかったなとも思いました。

〜追記〜
本作で出てくる「似ている作品」のラインアップが最高すぎる。フィルマークスさんありがとう。
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