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パピチャ 未来へのランウェイのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

3.5
[アルジェリア、失われゆく自由を求めて] 70点

1990年代はアルジェリアにとって大きな闇の時代であるが、特に1997年は悲惨な年だった。政府側とイスラム過激派の衝突が一般市民にも波及し、多くの犠牲者を出したのだ。グザヴィエ・ボーヴォワ『神々と男たち』では、1996年に起きたアルジェリアの田舎の修道院に暮らすカトリック修道士がイスラム過激派に殺害される事件を描いていたが、そこから1年経って標的は政府関係者/知識人/外国人から一般市民まで拡大し、人々は恐怖と悲しみの中にいた。主人公となる女学生パピチャもその一人である。真夜中の女子寮から抜け出して、タクシーの中でドレスに着替えてクラブで騒ぐという自由な生活にも影が差し始める。"肌を隠せ"というポスターが街中に貼られ、それに従わない女性や子供をターゲットにしたテロ攻撃がニュースで報じられ、理由もなく姉リンダが射殺されたのた。パピチャはそれに反抗するために、大学でファッションショー開催を決意する。

勝手に調子に乗った無関係な男たちは"家で大人しくしてた方がいいんじゃね"だの"海外へ出る機会を与えてやった"だのと宣い、潜在的に見下していた女性たちへの支配欲や性欲を表面化させていく。しかし、パピチャたちにイスラム教原理主義的な教えを押し付けるのは男たちだけではない。女子寮や大学にはチャドルを被った女性たちが"フランス語を喋る非国民"だの"お祈りはしたのか"だのと叫びながら乱入してくる。彼ら/彼女らはノーコストで文化と自由を破壊し、自らが有利になる体制への服従を強い続けることで、創造者/自由の信奉者であるパピチャの気力を奪おうと躍起になる。彼女は仲間の支えもあって、それを押し返して、失われゆく自由を奪い返そうとする。その希望の光がファッションショーなのだ。

★以下、多少のネタバレを含む

ファッションショーには漕ぎ着けるが、目指していた規模よりは大きく縮小してしまったし、目を付けられていたせいでパピチャの心はより大きな傷を負ってしまったように思える。2005年になって、国民投票によって大赦法が制定された。これによって人々を殺して回ったテロリストたちはなんのお咎めもなく今の街を闊歩している。"イスラーム原理主義者は戦いには敗れたが、人々の心を勝ち取った"という言葉が象徴する如く、ブーテフリカは彼らのためにモスクを大量に建て、テロという言葉を使うことも、虐殺行為について思い返すことも止めてしまった。パピチャはサミラのお腹にいる赤ちゃんに対して"アルジェリア中の女の子をドレスアップさせてみせる"と言っていたが、全てを無理やり収束させた今のアルジェリアで、その願いがどれほど叶ったのだろうか。
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