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Shirley シャーリイのKnightsofOdessaのネタバレレビュー・内容・結末

Shirley シャーリイ(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

[世界は女性たちに残酷すぎる] 90点

大傑作。創作に行き詰まった小説家シャーリイ・ジャクスンについての物語を、偶然住み込みで働くことになったロージーの目線で描いていく作品で、象徴的な"家"が登場することから、映画自体にジャクスン本人の小説のような趣があるらしい。ジャクスンの伝記モノとして、長編小説二作目「処刑人」を書いた時期を描いており、実際に起こっていた女学生ポーラの失踪事件を基に事件を深堀りする形で小説を展開することで映画を発展させていく構造になっている。すっかり板についてきたエリザベス・モスのパラノイア的演技も素晴らしい本作品はサンダンス映画祭でプレミア上映後にベルリン映画祭のエンカウンター部門に出品された珍しい作品でもある。

物語は視点人物たるロージーとフレッド夫妻がシャーリイとスタンリー夫妻の家にやって来る場面から始まる。ベニントン大学の教授であるスタンリーを手伝いに来たフレッドは、妻とともに暮らす新しい家が見つかるまで、二人でスタンリーの家に居候する予定だったのだが、ロージーとシャーリイはいきなりドンパチと紛争状態に突入し険悪な状態になってしまう。しかし、大学にいてほとんど帰ってこない男性陣を尻目に、時代柄もあって不本意ながら"家"に縛り付けられた二人の女性は、互いに憎しみと安らぎを見出していく。TPOによって変化するチームに分かれつつも、四人は独立して対立しあっている様は『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』を思い出す。ロージーとフレッド夫婦は構造的にも性格的にもシャーリイとスタンリー夫妻に似通っている。もしかすると、映画自体がシャーリイも妄想であり、スタンリーとの若い頃を思い出しながらロージーとフレッドを作り出し、若い頃の自分の目から見た今の自分を描くことで、映画そのものを自身の小説のように作り変えてしまったのかもしれない。Sturla Brandth Grøvlen による浮遊感のある映像も、シャーリイの頭の中にあるめちゃくちゃで不確かな世界を覗き見ているような感覚に陥らせ、シャーリイが信頼できない語り手であるという感覚を補強する。シャーリイとロージーの行動が連鎖する場面が幾度となく挿入されているのも興味深い。

シャーリイはベニントン大学の生徒で、行方不明になった女子大生ポーラについて、ロージーを使って調査を開始する。最後に目撃された場所、産婦人科での治療記録などから"不義の果てに棄てられた女性だった"という物語を構築していき、次第に堕胎したポーラと妊娠中のロージーが重ね合わせられていき、最終的に家から出られなくなったシャーリイの願望をも内包しうるまで空想は広がっていく。小説を書く一連のシーンは、二人の女性が近付き合い、性差による抑圧を表面化するために使われていく。つまり、ポーラの失踪の物語には男性中心の抑圧的な社会環境や"家"に対する責任からの解放というテーマが含まれていて、その細やかな願望を小説の中だけでも叶えるために二人は団結するのだ。
当時、シャーリイには何人か子供がいたはずなのだが、本作品ではいないことになっている。この改変は後にロージーの子供が登場することへの対比であり、ロージーたち夫婦が現実のシャーリイたち夫婦の昔の頃を再現しているという考えを補強していく。また、堕胎したポーラの物語を出産で回収することで、ポーラにも作中のシャーリイにも体現できなかった女性の新たな地獄をも体現させている。

作中、最も人間臭いのはスタンリーだろう。絶賛スランプ中の妻を気遣う優しい夫のように見せかけて、彼女の行動を制限するなど抑圧的な態度を平気で取ることも多く、妻の前でロージーとキスしたり他の女性と踊ったり、終いには陰口を叩くなど中々支配的にに振る舞い続ける。ベニントン・カレッジの教授である彼は、その外面の良さのおかげで生徒からも慕われているようだが、温厚そうな笑顔の下には磨かれた間接的な暴力性が常に牙を剥いているのだ。それはシャーリイだけではなく、新進気鋭の研究者であるフレッドににも向いていて、四人が一堂に会せば様々な対立が一度に押し寄せる元凶のような人物でもある。彼は妻であるシャーリイの小説に惚れ込んでいるが、妻に惚れ込んでいるわけではなさそうで、頻繁に彼女の聖域に立ち入っては"ねぇ進んでる?"という感じの笑顔で近付いてくるのだ。その点、本作品は抑圧的な男性社会の丁寧なサンプリングとして完璧に機能している。

★以下、多少のネタバレを含む

ロージーとポーラを重ね合わせることで、ポーラの遺した轍を丁寧に辿り直したロージーは、幻想的な断崖絶壁で自らを解放する。想像上の救世主だったポーラがシャーリイの手によって現実世界に登場したのだ。それに反するように、時代のスタンダードに戻っていくシャーリイの笑顔も忘れ難い。夫婦の呪いに対する二種類の解決策を提示したわけではなく、ロージーの経験は過去のシャーリイの経験であり、全てを終えて夢から醒めたかのように見えた。

※追記
『バージニア・ウルフなんかこわくない』を観ると、マジで表題を"シャーリイ・ジャクスンなんかこわくない"に変えたいと思うくらい似てるし、改変もしっかり機能している。上手すぎる…もっと好きになった…
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