もものけ

サンドラの小さな家のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

サンドラの小さな家(2020年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

エマとモリーの二人の姉妹を育てるサンドラは、ある日帰っきてきた夫に酷い暴力を受ける。
緊急事態に備えてエマに警察へ連絡してもらい、大怪我を負ったサンドラは二人と新しい暮らしを始める為に、要介護の元医師のハウスキーピングとバーの店員として働きながら公営住宅の順番待ちをする日々だが、経済が傾くダブリンでは遥かに順番待ちは後であった。
サンドラは自分で家を建てられないかとネットを使って調べると、ある建築家がハウツーを紹介しているサイトを見つけ希望を見出すのだが…。


感想。
幸せな家庭のオープニングから衝撃の展開になり、驚いてしまった作品であります。
ヨーロッパでは割とメジャーな手法である、環境音をメインにして插入曲を使わずに表現する作品ですが、DV問題で苦境に晒される女性と子供達の生活がドキュメントのように効果的に描かれているので、とても身近に感じられて共感できます。

英国の経済破綻や格差社会を背景に、住む場所を探す市民達の苦悩や、寄り添って活動してくれるケースワーカー、補助金で住まう客へ対応の冷たいホテル、仕事がなく掛け持ちせざろう得ない悲惨な状況など、社会問題がてんこ盛りで取り入れているので、感動ドラマでありながら貧困の悲惨さを痛感させられて胸が痛くなる思いでした。
とはいえ、現代の英国の人権問題への対応は日本のように女は黙っていればよいという考えではなく、ケースワーカーなどの整備が整っていて情報をくれたりと、悲惨な状況でありながらモラルの高い様子が作品では描かれていて、邦画のようなドロドロした地獄を見せつけられる演出ではないので、衝撃的なオープニングではありますが希望があって、とても良い作品になっています。

日本では、他人を助けたりあまりしない国民性が作品で描かれていることが多いですが、英国のこちらの作品では、ハウスキーピングという低所得者層の仕事に対して、キチンとやるようにと要求こそ厳しくありますが、人間性への敬意を持って接しており、元医師が検索履歴からサンドラを助けてくれるシーンなど涙が溢れてしまうほど、国民性を表している演出が素晴らしいです。
さらに、レジに並んでいる客が待たされることを愚痴る日本ならではの光景ではなく、知らないことを聞く女性を客として扱うようにと店員に皮肉を言うシーンなど、これまたサンドラの置かれた立場を考えると涙が溢れてしまいます。
子育てが大変な女性に、ベビーカーが邪魔だから使うななどと言う日本人の国民性とは真逆であるこれらの演出には、映画という表現からなので、こういったケースこそ少ないかもしれませんが、作品としてはとても温かみを感じられて感動させられました。
とはいえ法律に関しては譲ることなく厳しい英国の実態が、サンドラに対する風として冷たくのしかかってもきます。

今どきはネットであらゆるハウツーの情報があり、素人DIYから本格的まで手取り足取り教えてくれる時代ですが、そもそもネットが使いこなせないサンドラが悩みながら、建築という難しい分野へ素人として少しずつ勉強してゆく過程、そしてその行動力がサクセスストーリー的な面白さとして魅力的であります。

しかし物語の核にあるのはDV問題であり、その為に逃れる新しい暮らしに家を建てるプロセスがあるだけなので、夫と会うたびにパニック障害になるほどサンドラが受けた暴力の酷さがメインで描かれています。
この重苦しいテーマでもある癇癪という病気が、いかに被害者へ精神的トラウマとして根深く痛めつけているかは、サンドラだけではなく次女モリーの怯えからも伺えます。
嫌味を言う人々は登場してきますが、皮肉で返すやりとりなどはコミカルであるので、重苦しいテーマがメインでありながら暗い作品ではない良さがあり、逆に夫とのパートでの恐怖が引き立つようになるのは、うまい表現です。
父親に懐くエマにイライラさせられてしまいがちですが、これはDV問題に子供は関係がないことの比喩でもあります。
それでいて最も犠牲になるのは子供でもあることは、モリーが受けた心の傷の深さから伺えるように演出されています。
"痴情のもつれ"として簡単に見られがちですが、DV問題を深く抉り出した作品として秀逸な手法であります。

そしてもう一つの核になるものは、人との出会いと繋がりです。
知らない他人でありながら出会うことによって繋がりが生まれて広がり、サンドラの助けとなる展開なんかはゲームの主人公が冒険仲間と旅をする過程のようで、心強さに安心して鑑賞できて楽しいです。
DIYで家は建てられるかもしれませんが、一人では無理なことが多いです。
助け合う人間性というのがあって出来上がるサンドラの住まいのプロセスを、人との繋がりで演出しています。
出来上がる家は、やや大げさで素晴らしい建物に仕上がっており、住宅メーカーの宣伝ともとれるほどの出来栄えなので、作品を観てチャレンジさせる為のCMにも見えますが(笑)
それと歌手のプロセスでもないサンドラが、突然歌うシーンは個人的には不要な表現に思えました。

"ブラックウィドウー"と訪れるラストに、またくる衝撃的展開にあ然としてしまいました。
ここまで順調にきた新生活への家が、一瞬で燃えてなくなる光景は、視点を変えるとDV問題が簡単なものではない恐怖にもとれます。
それと共に、ローコストで自作した住宅の防火設備の脆さが、灰になってなにも残らなくなる危うさで現実的に描かれております。

ラストへのハラハラが止まらない展開でしたが、また作り直せばいいという希望のある終わり方がとても好きでした。
失敗したら終わりという日本的考え方ではない、こういった失敗を糧にするところが海外作品が好きになる魅力だと思っております。

DVの恐怖がヒシヒシと伝わりながら、家を建てるサクセスストーリーと融合させた、新しい演出の作品に、5点を付けさせていただきました!!

子供達が可愛らしい作品でもあります。
ラストの「釘は見つけたら分けるのよ、また建てるとき必要だから」というモリーのセリフが、とても好きでした、希望があって。
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