幽斎

ナイトメア・アリーの幽斎のレビュー・感想・評価

ナイトメア・アリー(2021年製作の映画)
4.8
【幽斎の2022年ベスト・ムービー第7位作品】
恒例のシリーズ時系列
1947年 4.4 Nightmare Alley「悪魔の往く町」Tyrone Power主演
2021年 4.8 Nightmare Alley「ナイトメア・アリー」本作、リビルド版

Guillermo Del Toro監督は頑なに1947年版のリメイクでは無いと強調するが、それだけ前作が秀逸と言える。「アレがソウなるか」的な楽しみも有り、逡巡してる方は1947年版も是非。私は1947年版→原作→本作の鑑賞ルートですが、1947年版はスリラー要素は薄く、最大の鍵と成る獣人、1947年版は直接見せない、読唇術も分り難い。本作は大幅に改善、プロットも初見で咀嚼出来る。MOVIX京都で鑑賞。

何より驚いたのはDel Toro監督が、私のジャンルであるスリラーを製作した事実。得意とするスーパーナチュラルではなく、且つ誰にも真似できないコンセプトは健在。監督のメソッド「人々が抱える闇の深さと剥き出しの本性」本作でもスタイリッシュに綴られる。「フリークショー」隠語でサイド・ショーは「Freaks of nature」見世物小屋だが、1947年版は畸形、現代は奇形。巨人と小人、両性具有者、奇病患者、獣人、降術師。

元ネタ1932年「Freaks」怪物圑。世紀の問題作にして大傑作。当時は怪奇映画だろうが、トンデモナイ偏見。ハリー・アールズ。ヒルトン姉妹、ジョセフィーヌ・ジョセフ、スノー姉妹、ジョニー・エックは本当にカッコいい。ランディアン王子は男は失神、女性はヘタするとショック死レベル。監督も飲酒事故で去勢。だからフリークスは「何かが」欠ける。彼らには定期的に会いたくなる、不思議な魔力が込められてる。

サーカスは日本でも歴史が有るが、移動遊園地は馴染みが無い。アメリカでは1940年代がピークで、娯楽の無い地方都市、もっと言えば店も少ない過疎地には絶好の娯楽。私は社会人後にアメリカ留学の経験が有りますが、当地の老人からよく聞かされた。子供は観覧車に夢中ですが、大人はフリークショー。日本で言う大道芸人ではなく、人を騙してナンボの枠を超えたイカサマを「分った上で」楽しんだ。

ストロング・ポイントは、彼らが移動する先々で、当地の人間を雇う事。1940年代と言えばアメリカは「暗黒の木曜日」工業も農業も金融も全ての末端の人達が貧困に苦しんだ。フリークショーが巡業する中で、路頭に迷う貧困層の受け皿的な側面が本作でもクローズ・アップ。流れ者の集団なら、その人の来歴は関係ない。秀逸なのは、その人達を決して蔑まない、暖かい眼差しで見つめる視点。主人公が「何処で道を間違えたか?」鮮やかな結末に帰結する。

原作者William Lindsay Gresham、アメリカのノワール作家で「ナイトメア・アリー 悪夢小路」扶桑社が原作。1946年に出版された本著を翌年に映画化するスピード感が当時を偲ばせるが、現代のスリラーをハスラーと呼び「Confidence trick」とも。この時代のスリラーの地位は低く、大抵はパルプマガジン。本作の様な結末をミステリー小説で「フィッティング・エンディング」と言うが、小説の一行一句が改変を許さない確固たるストーリーテリング。ラストの描き方が1947年版と本作で微妙に異なるも、私は両方に賛同。

【ネタバレ】散りばめられた人を騙す術を考察。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

友人と話をしたら「ナイトメアリー」と勘違いしてる(笑)。確かにアリーは女性の名前っぽく聞こえる。Alleyは小路だが、アメリカ英語で「道を外れた」を意味する。秀逸なのはスリラーの上を行くミステリーが冒頭から描かれる。Bradley Cooperが演じるから説得力あるプロットだが、誰かの死体を始末して家毎燃やすシーンから始まる。バックグラウンドが明かされるのは終盤で、推理小説で言う「倒叙モノ」スタート。

殺人を仄めかす主人公から放たれる言葉は、信用出来ない事をファースト・シーンが象徴。初めはLeonardo DiCaprioにオファーを出したが、原作のニュアンスでは性的吸引力が求めれる。頭が良く狡猾でセクシー、野心家だが人懐っこい素朴さも見せる。イメージはGeorge Clooneyかな。Cooperがオファーを受けた時、1947年版を既に見ていた。監督を自宅に招いて徹底的に役作りに付いて議論。彼は単なるイケメン俳優では無く、何度もオスカーにノミネートされる優れた映画人。彼のキャリアを考えれば考えるほど、あのラストが活きる。

パワー・ワードは「Mind-reading」読心術。相手の表情や仕草を手掛りにするが、全く無い場合は「テレパシー」と誤認させる。私はE.S.Pには肯定的ですが、精神的修練で得られる超常的能力は医学的にも存在する。仏教の世界でも「六神通」、インドのヨーガ・スートラも同類。私達にはそんな能力は無いので、協力者の伝達で見せ掛けの読心術を演じる。レビューで「Cold reading」と誤認されてる方が見受けられるが、アレは事前情報が0でも、注意深い観察と巧みな話術で言い当てる高い技量が求められる。テレビのバラエティで見るのは100%事前情報を仕入れた「Hot reading」。

読心術を「演じる」には高いスキルも必要だが、醸し出すオーラ、特に女性から見て性的エッセンスが感じられる素養が大切。男性が占いを信じないのに対し、女性は安易に信用するアフェクションに由来する。「メンタリズム」は英語に変換できない(笑)日本語、やってる事は「読心術」の初歩で、マジック、占い師、霊能者、詐欺師、一周回って警察官が尋問で使う等、ありふれたテクニック。何の根拠も無い如何わしい詐欺師を、堂々と映すから視聴者がテレビから離れて行く。パワースポットとか、もうね(笑)。

女性が信じ易いと言う意味で、聞かなく為ったけど「アーユルヴェーダ」サンスクリット由来のヒンドゥー教の疑似医学。ヨガもバラモン教由来の正式な宗教行為、誰もが深く考えずに「自分磨き」謎ワードで、カジュアルに消費する事は、良い事だとは思わない。本作は如何わしさの裏側を、懇切丁寧にBradley Cooperが解説(笑)。そりゃあ説得力益し増しですよ。生粋の京都人の私も、無宗教が悪いとは思わないが「何でも信じちゃ駄目よ」子供の頃の教育って大事だなと思う。

人は何故「読心術」「コールドリーディング」「メンタリズム」を信用するのか?。ソレは人を騙すには「肯定」から入る、単純なトリック。例えば20代女性「最近、つらい事が有りましたね?」。そりゃ、有るだろうお年頃なんだから。30代男性「仕事の悩みで夜眠れませんか?」ぐっすり寝れる方が珍しい。40代女性「子供さんの進路で悩んでませんか?」。50代男性「健康に不安を抱えてませんか?」。共通するのは最初に相手に「ハイ」と言わせる事。そうすれば「子供の頃にペットを飼ってましたね?」ゾーンを広げて少しずつ狭めて行けば、貴方は間違いなく私を信用するだろう(笑)。

最高に秀逸なのは、人を騙す事の本質を映像化して見せた。少し難しいレトリックだが、恐らく本作を見た方は「客が見たいモノを見せてるんだ」と思うだろう。間違いではないが、貴方は未だ詐欺師の手の中に居る。見たいではなく「見られる」この僅かな違いが、読心術の真髄なのだ。観客が自分が見たいモノを、詐欺師に依って演じて貰う。観客のショー・ケースとして、見たいモノの身代わりを演じる。

ワイドショーで好きなコメンテーターは誰ですか?。因みにアメリカにはコメンテーターは存在しない。アンカーマンはストレートニュースを伝えるだけ、討論番組とは差別化が図られ、日本の様にごっちゃにしない。話を戻すと、コメンテーターの発言は当人の意見だが、ポイントは「テレビを見てる貴方もそう思うでしょ」ではなく「私はそう思うんですよね」と言う事で「自分の代弁者」として成立。自分が思ってる事を口にする事は難しい。でもあの人は私が思ってる事を喋ってくれる。そうしてコメンテーターの意見は、何時しか自分の意見だと錯覚する。何かと似てませんか?。

これだけ理論武装しても、オスカー女優Cate Blanchettのオーラは凄かった。Cooperは読心術を操るエンターテイナーから詐欺師に転落してしまう。Blanchettは博士を名乗り心理学者と紹介されるが、実に胡散臭い。彼女の言う「セッション」はリーディングに対する、Mind controlで語り手の都合に合わせたパラレルに誘導する。精神的圧力を伴わないのでBrainwashingとは違う。2022年の今でも医学の側面からはマインドコントロールは認められず、カルト思想の詭弁と解釈される。

つまり彼女も詐欺師と変わらない「疑似科学」の操り人形。現在の偽ワクチン運動なんて最たるモノだが、心理学でゴージャスなオフィスで生計が成り立つとは到底思えない。彼女にはスポンサーが居て、一挙手一投足を見れば何かを布教してるとしか思えない。私が思い付くのは「Scientology」Tom Cruiseが広告塔なのが嘆かわしいが、サイエントロジーはカルト集団で医学界、特に精神医学とは真っ向から対立。彼らは宗教法人と認められない、営利団体。彼女が金に全く興味が無いのが嘘八百だった事でも解る。一介の詐欺師では所詮カルトに勝てる訳がない。

悪夢小路から辿り着いた先のBradley Cooperの乾いた笑いが、私の脳裏から離れない・・・。
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