空海花

ファーザーの空海花のレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.4
フランスの傑作舞台『Le Père 父』
その舞台を手掛けたフロリアン・ゼレールが、自身初の長編映画監督に挑んだ。
主演アンソニー・ホプキンス。
アカデミー賞主演男優賞を受賞。
ゼレールは脚本を、主人公の名前も生年月日もホプキンスへあて書きした。
曜日を言ったのはそれもあるのかな?

映画でも「アンソニー」と呼ばれる彼を
様々な感情で見つめることになる。
時に娘役オリヴィア・コールマンの視点から
あるいは彼自身に自分を投影してしまう。

元が戯曲ということもあり、
登場人物は少なく
舞台も限られた空間ではあるのだが、
それを感じさせない映画的な仕上がりになっているのも驚く。
見逃してしまえば置いてけぼりになってしまいそうな不安定さや不穏さが漂い
編集の滑らかさで
途切れることなく、物語とアンソニーに釘付けになる。
室内という装置の素晴らしさ。
空間、色、小物、家具、窓の外。
ビゼーのアリア「耳に残るは君の歌声」

この映画で体験させられる感覚は
誰にでも起こり得ることで
観た後もしばらく芯に残るほど。
それが深すぎて、
他の要素を忘れてしまいそうになる。
だが、また別の問いも心の片隅にあった。
どこまで寄り添い
どこまで頼っていいのか。
投影するのは、この父と娘だけではない。
それほどにこの脚本はよくできているし
スタッフにも賞賛を贈りたい。
名優アンソニー・ホプキンスの演技が素晴らしいことは元より百も承知だが
座長としての存在感も
作品を優れたものに高めたように思う。


以下は鑑賞後に読んだ方が良いかもです。




ある意味で、こんなアンソニー・ホプキンスを見たくなかった、という思いが最初の方に湧いた。
でもそれは少し違った。
こんな姿を見たくない
こんな姿を見せたくない。
そういう感情に呼応していたからだ。

人は自らの何かが欠けた時、深い悲しみに陥る。
それは愛する人であったり、身体の一部であったり、能力の一部であったり
またもっと心情的にぽっかり穴が空いたように感じてしまうことも。
自分自身の存在が欠けていくように感じたら、どんなに不安で悲しいことだろう。
怖ろしさに震えてしまう。

彼が自身の存在を喩える言葉には感情が決壊した。
こんな時にその実感も得られないまま
どうやってそこに立てば良いのだろう。

時折アンソニーを抱きしめたくなる衝動にかられてしまう。
仕方なしに自分を抱きしめて
それでも儚いからこそ生命とは愛おしいものなのだと思わずにはいられない。


2021レビュー#096
2021鑑賞No.181/劇場鑑賞#7


私も病気になったばかりで症状が酷かった時は
色々なことができなくなって
しかも忘れっぽくなっていて
これがまるで自分がこぼれ落ちていっているような気がしてしまい
悲しかったし、怖かったな。
空海花

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