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ファーザーのt0moriのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
5.0
観る前はもっと重苦しい時間を過ごすのかと思っていたけれど、良い意味で裏切られた。想像以上に体感的な映画であり、テーマの重さと想像の余地を余すところなく、実に巧妙に、観客に届けることに成功している傑作であった。

観客が何処にいて何処に連れて行かれるのか、そのすべての殆どを屋内セットで、シナリオと演者の素晴らしい演技と編集とでやってのけている。
それでいて観客の視点が主観的かというと、決してそこに固執するわけでもなく、客観的でありながら被介護者であるアンソニーの視点を体験させ、その上でアンの気持ちや状況も痛いほど伝わってくる。

自分自身の父は早くに他界しているし、介護の苦労も知らない。本作で思い起こしたのは高校生の頃、父が逝ったすぐ後くらいに、ほんの一時期実家に来てもらった母方の祖父の事だ。
私は彼にとって初孫だったし、幼少の頃から非常に可愛がられた記憶があった。そんな祖父がある日『どちら様ですか?』と、私の目をまっすぐ見て言った光景を、40年近く経った今もはっきり覚えている。
劇中の登場人物を想うのと同時に、そんな祖父の顔を鮮烈に思い出してしまった。

これに比べたら、VRだのPOVだの、観客に体感させることを意図した技術の、なんと陳腐な事か。(それはそれで楽しいけれど、あくまで本作が観客を誘う別世界を表現する表現としてお許しを……)
最近で似た様な体験というと、『TENET』が思い起こされるような、そんな挑発的な演出であった。

今年のアカデミー賞での主演男優賞のどんでん返しは、作品の力で覆させられたと確信する様な、そんな一作だった。これは追悼の気持ちがあっても、アンソニー・ホプキンスに流れるのは分かる。いやはやお見事でした。もう2〜3回は観たい。こんなご時世で上映館が少ないのが、実にもったいない。ああもったない!
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