おなべ

ファーザーのおなべのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
3.7
◉「記憶の葉」

◉今までに認知症患者やアルツハイマー病をテーマにした作品は数知れず。ただ、本作は外部からではなく“内部(当事者)”から見えている視点や世界をそのまま作品に投影しており、かなり衝撃を受けた。観賞後に暫く尾を引くタイプの重厚な作品。

◉第93回アカデミー賞 主演男優賞と脚色賞受賞作品。主演は2020年に83歳を迎えた《アンソニー・ホプキンス》。自分の父親をイメージして演技に臨んだそう。アカデミー賞の不在に関しては感染リスクからZOOM参加を希望するも主催者側に断られ欠席に至る。また、アカデミー賞授賞式でまさか自分が主演男優賞を受賞するとは思ってもみなかった事から、授賞式をリアルタイムで観ることはなく、その日はしっかり就寝。翌日の朝に受賞を知ったという ほのぼの話。

◉認知症を患った80歳の父親と、父親の世話をするため奮闘する娘との、家族の絆を描いた物語だけど、想像以上に暗く 痛切で悲哀に満ちた作品だった。また、冒頭で述べたように映像の見せ方が「当事者側の視点」という斬新な技法で撮られた作品で、映画史の中でも稀ではなかろうか。

◉自分の言った事も、娘の言葉も、どこにいるのかさえも分からない。うまく話が噛み合わず、家の中に当然のように自分の知らない人がいる。このメチャクチャな世界が、そのまま認知症を患った方の視えている世界だと思うと、少し恐ろしく感じた。不安と恐怖、そして全てを忘れてしまう自分自身に対する怒りと、どうしようも無い虚無感が押し寄せ、仮に自分が同じ立場だったらと想像すると胸が張り裂けそうになる。

◉葛藤して葛藤して葛藤して葛藤して…まるで正解の答えの無い問題を一生解き続けなければいけない感覚。それは娘(家族)も同様に、献身的な支えであっても流石に毎日続くと徐々に疲弊し、やがて負のイメージを抱くようになる。父親を愛してない訳ではない。だからこそ余計に心苦しく辛いし、支える側も同様に葛藤する。そんな複雑な心情を体現してみせた《オリヴィア・コールマン》の好演にも高評価。

◉主演の《アンソニー・ホプキンス》の怪演は言わずもがなだけど、台詞と言うよりは表情や目だけで語る演技力の高さが凄いと感じた。言葉にしなくても伝わる悲哀と混沌に満ちた目は、何かを感じずにはいられなかった。















【以下ネタバレ含む】













◉アン(《オリビア・コールマン》)が父親であるアンソニーの首を絞める連想をしてしまうシーンが突き刺さった。そんな連想をしてしまう自分が恐ろしくて愚かだと思うアンの表情が今でも忘れられない。

◉物語終盤の施設で言ったアンソニーの言葉、「葉が抜け落ちていくんだ…」辛過ぎる。
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