九月

ファーザーの九月のレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.8
ものすごく静かにショッキングな映画だった。

ロンドンのフラットで暮らす81歳のアンソニー。娘のアンが彼のことを心配して連れてきた介護士とはうまくいかず、先日追い出してしまったばかり。
アンにどうしてなのか問い詰められても悪びれた様子は全くなく、介護士に腕時計を盗まれたと言う。どうせ自分でどこかにしまったのだろう、とアン。次の場面でアンソニーはいつも通り腕時計を手首につけているが、間一髪、盗られる前に自分で隠したのだった、と主張。
お喋り好きなアンソニーを見ていると、とても元気なおじいちゃん、という風にしか初めは見えないのだが…

認知症の追体験と、それを支える家族の葛藤と苦しみ。
アンソニーの記憶があやふやになっていく様子は、サスペンスやホラーか?というくらい、ある種恐怖でしかなかった。
また、認知症の父親と向き合う娘の視点からも見ることができる。父のことを思ってとった行動でもうまくいかないことが多かったり、そのことが原因で夫と口論になってしまったり…自分の生活もある中で親の介護も、という大変さは当事者にしか分からないとは思うけれど、
これから先、自分の親が認知症になって介護が必要になる、もしくは自分が認知症になる可能性はあるわけで、歳を取っていくのが恐ろしくなるくらい。

ポスターから受けた印象とは全く異なる、かなり辛い内容だった。
レビューを見て、ただの感動作というわけではなさそうだな…と思っていたので、かなり勘ぐるような見方をしてしまっていて、アンソニーには何か企みでも…?いやアンの方が…?としばらく疑いながら見てしまったことを少し後悔。
映画自体は非常にシンプルで、それが良いところでもあり、また怖いところでもあるような。

入り乱れた時系列、登場人物は少ないのに誰が誰だか分からなくなっていく演出、だんだん辻褄が合わなくなり自分の記憶が信じられなくなっていく進行、全てが巧妙。

途中、アンが寝室で眠るアンソニーのもとへ行くシーンで、父の寝顔を眺めながら頬を撫でているのかと思っていたら、首を絞めていた描写が本当に苦しかった。
介護疲れで自殺とか殺害ってよく聞くし、実際に行動に移さないにしても、もう終わりにしてしまいたい…と思うことはあるのだろうなぁ、と。
九月

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