パケ猫パケたん

ファーザーのパケ猫パケたんのネタバレレビュー・内容・結末

ファーザー(2020年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

久しぶりに本格派の映画を観た。しかも、すこぶる独創的な映画である。

監督は、フランス出身の、フローリアン・ゼレール。初監督作品。彼の執筆した戯曲の映画化であり、実質オリジナル脚本と云えるであろう。

内容はシンプルで、認知症を進行させていく、ひとりの父親(アンソニー・ホプキンス)を描く。映画のユニークな点は、映される映像のほとんどが、父親からの視点であり、彼の脳内で起こっている葛藤が、一人称で描かれる。

例えば、娘(オリヴィア・コールマン)は既に、離婚しており、その居るハズのない別れた夫(マーク・ゲイティス)が、ふとした瞬間に現れてくる、会話をしてくるホラーな感覚。またその青い男が、父親の意識の底に生きていて、立ち去ってくれない、不気味さ。

幻視を扱った映画は、例えば、天才経済学者を描いた『ビューティフル・マインド』(2001)等がある。しかし、この『ファーザー』に描かれた幻視は、老化に伴うものであるから、人生に普遍的なものであり、切実な哀感が迫ってくる。

不思議なことに、老化という、人生の逃れられない事象を切実に淡々と描写するさまは、小津安二郎を連想させるものがあり、ホラーな展開でありながらも、頷かせるものがある。

また、近い将来に、主(あるじ)を無くすであろう、フラット(共同住宅)の中の家具調度品の、「不在のショット」は、小津安二郎の『秋刀魚の味』(1962)の、そのショットの応用形みたいで、説得力があり美しい。

人生の黄昏を感じさせる夕焼けの光の儚さと、オペラの歌声の融合する詩的な感覚。

映画の終盤は、急激な展開で、時にはシュールであり、残酷な現実を映し出していく。

そして、アンソニー・ホプキンスの最後の慟哭は、衝撃的であり、人生の虚実を全て剥ぎ取ってしまう。

ここで、映画は、感極まり、徐々に横移動のカメラ・ワークで、屋外の森林を映し、立ち止まる。まるで、溝口健二の『山椒大夫』(1954)、ラストの海のように。