アキラナウェイ

ファーザーのアキラナウェイのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
5.0
今年のアカデミー主演男優賞はチャドウィック・ボーズマンが有望視されていた中、アンソニー・ホプキンスが本作で受賞。加えて脚色賞にも輝いた作品。個人的には、作品賞も贈りたくなる程好きな作品だった。

鑑賞が始まって暫くして気付く、違和感。
心がざわつく。
やがてスクリーンから目が離せなくなる。

…なるほど。
そういう事かッ!!

作品の趣旨、
作り手の思惑。

そんなものを掴んだ気がして、
心が大きく波打つ。
一気に惹き寄せられる。

ロンドンで暮らす81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は、娘のアン(オリヴィア・コールマン)が新しい恋人とパリとで暮らすと聞かされる。俄かに信じ難い事だったが、目の前にはアンと結婚して10年になると言う、彼女の夫が現れる。困惑するアンソニー。

記憶と幻想の狭間で戸惑う老人と、その対応に追われる娘の姿を描く。

認知症に苛(さいな)まれるのは、周囲の家族だけではない。当の本人が最も混乱し、必死に抗っているのだと気付かされる。

そして作品の中に仕組まれた、仕掛け。

キッチンの内装が違う。
置いている調度品が違う。
何か、違和感が残る。

見知った人が別人に変わる恐怖。
ループする台詞。
こんがらがる人物と名前。

この仕掛けに気付いた時、驚愕した。

何処が違っているのだろう。
見逃すな、聞き逃すな、と心の声が言う。
キャラクター達の顔と台詞を必死に繋ぎ止めようとする自分。

部屋から出ようとする者に、行かないでくれと引き止めるアンソニーの気持ちがわかる。

そうか、こんな事が彼らの頭の中で起きているのか。

気心の知れた娘に棘のある言葉を吐いたり、癇癪を起こしたり、新しい介護士ローラ(イモージェン・プーツ)の前で戯(おど)けて見せたり。果ては子供に還った様に泣きじゃくるアンソニー。

アンソニー・ホプキンスの演技にすっかり見惚れてしまった。

"全ての葉を失っていくようだ。"

この言葉が全て。

原作である戯曲「The Father」を手掛けたフロリアン・ゼレールが、そのまま監督・脚本を務め、映画としては彼の初監督作。お見事の一言。

この時感じた

戸惑い
不安
気付き
驚き
苛立ち
悲しみ

それら全てが混濁した心の衝動を僕は一生"忘れたくない"から、満点評価とする。

本当に面白い。映画って素晴らしい。もう1回観たい。そう思わせてくれたから。