今年のアカデミー主演男優賞はチャドウィック・ボーズマンが有望視されていた中、アンソニー・ホプキンスが本作で受賞。加えて脚色賞にも輝いた作品。個人的には、作品賞も贈りたくなる程好きな作品だった。
鑑賞が始まって暫くして気付く、違和感。
心がざわつく。
やがてスクリーンから目が離せなくなる。
…なるほど。
そういう事かッ!!
作品の趣旨、
作り手の思惑。
そんなものを掴んだ気がして、
心が大きく波打つ。
一気に惹き寄せられる。
ロンドンで暮らす81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は、娘のアン(オリヴィア・コールマン)が新しい恋人とパリとで暮らすと聞かされる。俄かに信じ難い事だったが、目の前にはアンと結婚して10年になると言う、彼女の夫が現れる。困惑するアンソニー。
記憶と幻想の狭間で戸惑う老人と、その対応に追われる娘の姿を描く。
認知症に苛(さいな)まれるのは、周囲の家族だけではない。当の本人が最も混乱し、必死に抗っているのだと気付かされる。
そして作品の中に仕組まれた、仕掛け。
キッチンの内装が違う。
置いている調度品が違う。
何か、違和感が残る。
見知った人が別人に変わる恐怖。
ループする台詞。
こんがらがる人物と名前。
この仕掛けに気付いた時、驚愕した。
何処が違っているのだろう。
見逃すな、聞き逃すな、と心の声が言う。
キャラクター達の顔と台詞を必死に繋ぎ止めようとする自分。
部屋から出ようとする者に、行かないでくれと引き止めるアンソニーの気持ちがわかる。
そうか、こんな事が彼らの頭の中で起きているのか。
気心の知れた娘に棘のある言葉を吐いたり、癇癪を起こしたり、新しい介護士ローラ(イモージェン・プーツ)の前で戯(おど)けて見せたり。果ては子供に還った様に泣きじゃくるアンソニー。
アンソニー・ホプキンスの演技にすっかり見惚れてしまった。
"全ての葉を失っていくようだ。"
この言葉が全て。
原作である戯曲「The Father」を手掛けたフロリアン・ゼレールが、そのまま監督・脚本を務め、映画としては彼の初監督作。お見事の一言。
この時感じた
戸惑い
不安
気付き
驚き
苛立ち
悲しみ
それら全てが混濁した心の衝動を僕は一生"忘れたくない"から、満点評価とする。
本当に面白い。映画って素晴らしい。もう1回観たい。そう思わせてくれたから。