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ファーザーのtakのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.2
認知症の父親と娘のハートウォームな人間ドラマだと勝手に思って、劇場公開時は敬遠していた。ところが。TSUTAYAの店頭で置かれていた手書きの紹介文に「ミステリー仕立て」とある。…どういうこと?興味をそそられて手にした。

映画は最初から予想を次々と裏切ってくる。娘と名乗った相手の風貌が変わる。最初に聞いた話が違うと言われ、離婚したと思っていた娘は知らない男と一緒にいる。その男も次の場面では違う男になっている。自分の世話をしに来てくれる介護人なんかいらないぞ。新しい介護人は末の娘に似ている。そういえば末娘にはずっと会ってない。どうしているんだ。お気に入りの時計はどこだ。娘が描いた絵はどこだ。ここは本当に自分の家なのか。

認知症になった主人公が陥いる不安と混乱を観客に擬似体験させる演出。これはもはやホラー映画の手法だ。縦横の線で表現できそうな構図で、カメラは真正面から部屋を捉える。ドア、窓、キッチン、ベッド、洗面台。狭い廊下をゆっくりと動くカメラが観る側をさらに不安な気持ちにさせる。「シャイニング」みたいだ。そんな同じ風景の中で繰り返される会話。混乱していく自分を落ち着かせる為に部屋のドアを閉ざす主人公。

若年性アルツハイマー症患者が主人公の「アリスのままで」も不安に陥いる感覚や言葉が失われていく喪失感を主観的に描いていたが、「ファーザー」はそうした辛さよりも怖さが先にあり、力づくで主人公の気持ちに観客を近づける。

「アリスのままで」や「男と女 人生最良の日々」でも描かれたように、人を愛した記憶は感覚として残る。アンソニー・ホプキンスが母を思い出すラストシーンが胸に刺さる。
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