ゆきまる

ファーザーのゆきまるのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
5.0
アンソニーホプキンスは言うまでもなく素晴らしいが、脚本が神。


2022年の元旦から観た作品がこちらでした。新年しょっぱな心を抉られる衝撃的な超大作に出会ってしまった。

主人公は認知症を患う80代のイギリス人男性、アンソニー。ある日、娘に、恋人とパリで暮らすことになったため今後は頻繁に会いに来れなくなる、と告げられたところから話は始まる。ここから、一続きに、話の辻褄が合わない出来事が連鎖して展開する。娘や、娘の夫を名乗る見知らぬ人たちの登場、立ち消えたらしい、娘のパリ行きの話、全くかみ合わない周囲との会話…時間軸は歪み、現実と虚構が入り混じった世界で、アンソニーはひとり混乱し、取り乱す。
物語は一貫してアンソニーの視点から描かれているため、観客は認知症の混沌とした世界に放り込まれパニックに陥る。まさに血の気が引く恐ろしさ。

最後まで見ると、何が虚構で現実だったのかがわかるのだが、この現実の中に、家族の苦しみを描いているのがまた秀逸。父にきつく当たられ、なじられ、傷つく娘。在りし日の父を深く愛せば愛するほど、受け入れられない現実。父の介護をめぐる対立で、夫と別れたことをにおわせる描写があるのも、非常に現実的。安易に、認知症発症前の父との回想シーンを挟むのではなく、オリビアコールマンの繊細な表情の演技で、親子が育んできた絆と愛情を垣間見ることができる。

そして思い出すだけで胸が張り裂けそうになるラストシーン。
老人ホームを自宅だと勘違いしたアンソニーは、ついに'Who exactly am I?'(私は一体誰なんだ?) と、介護人に問い、母に会いたい、と小さな少年のように泣く。そして'I feel as if I'm loosing all my leaves one after another.' (葉っぱをすべて失っているような気分だ) とつぶやき、介護人の女性に肩を抱かれる。

長い人生の代償、生きる苦しみ、静かな人生の終末を目をそらさずに真正面から描ききったところに、深く感銘を受けた。
わが国では、現在65歳以上の6人に一人である600万人以上が認知症を患っているといわれ、今後も増加の一途をたどる。この映画が、映画だけの話にとどまらないのは自明で、ここに描かれたアンソニーは、未来の自分の姿かもしれない。

超高齢化社会に生きるすべての日本人に、鑑賞をおすすめしたいし、学校や、介護の現場などでもいい教育題材になると思う。

***
緻密な脚本構成と、アンソニーホプキンスの傑出した演技力に大拍手。
劇中でもはや認知症にしかみえなかったアンソニーだが、インタビューでは自らを老戦士と呼び、まだまだ引退する気はないのだそう。instagramでも楽しそうにピアノを弾き、歌う姿をたくさんポストしていて、すさまじい生命力を感じた。
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