ヨーク

グリーンランドー地球最後の2日間ーのヨークのレビュー・感想・評価

4.2
俺が本作『グリーンランド』を見たのが6月5日なんですが、その日は都内でも6月1日に大型のシネコンが営業を再開した後の最初の土曜日で夕方くらいから渋谷に出かけたら観たかった映画が軒並み完売していて途方に暮れていたのですよ。いや、途方に暮れていたなどという言い方は生やさしくて正直この世の全てを憎んでいた。映画館は営業再開したとはいえまだ非常事態宣言は継続中なんだぞ! それなのに市中に出て劇場に集まるとは何事か! と完全に自分を棚に上げてプリプリしていたのである。さらに言えば俺は一部の劇場しかやっていないときにも足繫く映画を観に行っていたというのにちょっと気が緩んだら今まで劇場に寄り付きもしなかった奴らが大挙して押し寄せてずっと劇場に小金を落とし続けていた俺を追いやってしまうのか! と被害妄想も全開であった。冷静に考えればネット予約もせずに行き当たりばったりで出かけた俺が完全に悪いのだがそのときの俺にそんなまともな考えは通じない。クソが! 俺に映画を観せない世界なんて滅んでしまえ! と思いながら渋谷を歩いていたら本作のポスターが目に飛び込んできたのである。そこには「世界崩壊まで48時間!」とある。これだ! この映画を観るしかない! というわけで本作を観ることになったのである。映画の感想に全く関係のないことを書いたが、まぁ言いたかったことは何の期待もせずにどんな映画かもよく知らずに本作を観たということです。
で、観てみてどうだったかというと超面白かったですね。超最高。クソ面白かった。どんな映画かというと上で書いたキャッチコピーのまんまで世界が滅亡する映画で、そういうカタストロフィものとか終末ものにもいくつかのパターンはあると思うが本作は隕石です。なんか地球に接近した彗星から分離した隕石の欠片がいっぱい地上に降ってくるから超ヤバイ、超逃げなきゃ、という映画です。
この映画で凄かったところは何はともあれ空気感とか雰囲気と言っていいだろうと思う。また曖昧な物言いだな、と思われるかもしれないが全編にわたって不穏で不安で居心地の悪いざわめきのようなものが漂っているのだ。たとえば冒頭で主役のジェラルド・バトラーが別居中の妻がいる自宅でのホームパーティーにやって来るのだがそこはバトラーにとっては本来自宅なのに妻との関係が上手くいっていないから居心地が悪く感じる。そんなときに最初の隕石が落ちてきてテレビでその速報が流れる。するとバトラーの携帯が鳴って「貴方とその家族は避難シェルターに入る権利に当選しました、つきましては識別用のQRコードを送付するので何時何分までにどこどこの空港に来てください」とメッセージが流れるのだ。どういう基準でその避難民に選ばれるのかはよく分からないが、ともかくご近所さんがパーティーで集まってる中でバトラー一家だけがシェルターに入る権利に当選してしまう。でもそこでご近所さんは怒ってバトラーを問い詰めたりしないんですよ。そこよかったな。「ウチにも連絡が来てるかもだから一度家に帰って確認しようか…」とか平静を装った風に言いつつもバトラーの方をチラチラ見ながら散会していく感じとか、うわー! この空気感超分かる! 超気まずい感じのやつじゃん! ってなってそれがアリアリと描かれているからもう超面白いですよね。
バトラー一家がいざ車で逃げ始めるときにもご近所さんが寄ってきて最初は「なんでお前らだけ!」とか声を荒げるんだけどすぐに冷静になって「いや悪かった、どこか安全な場所が分かれば連絡くれ」とか言うのも凄くいいんですよ。彼らは即断でバトラーをぶっ殺して身分証を奪って成りすましてやろうとかそんなことはできないんですよね。その普通というか日常感がいいですよ。もしあらかじめ1カ月前から隕石が降ってくるのが分かっててバトラーさんだけが避難の権利を貰えるとかだったら色々思い詰めた末に犯罪を犯してでも避難の権利を奪おうってなるかもしれないけど、その場のノリと勢いだけで大抵の人はそこまで大胆な行動を取ることはできない。その眼差しが本作に通底されていてとてもいいですよ。
要するに良くも悪くも本作にはヒーローも悪人もいなくて現実感のあるスケールの人間しかいないんですよね。もちろん暴力で避難の権利を奪ってやろうという奴も出てくるのだが彼らが強引な手段に至るまでにはそれなりの間が描かれる。その辺の人間臭さがいいんですよね。
あと人間臭いと言えば避難民にも選ばれないしどこにも行き場の無いような奴らがアパートだかどっかの店の屋上で音楽かけて踊って飲みながら彗星に悪態ついてんの。逃げるとこもないし他にやることないしまぁそういうことするよねっていう感じがめっちゃ等身大。多分俺も二日後に隕石落ちてきますって言われても自宅で音楽かけて酒飲んでると思う。
なんかね、本作はカタストロフィものであるしパニックものでもあるけどその辺が日常の延長にある温度感なんですよ。一部暴徒化する人間もいるけど大半はそんなヒャッハー! になりきることもできずに今までの人生の延長でしか終末を迎えることができないんだろうな、っていう現実感がいい。ただしその基調となっている現実感が不意に吹っ飛んで大きな暴動が起こる瞬間とかも描かれてるし、その静と動がかなり巧く描写されていると思う。その日常感の裂け目がどこに潜んでいるか分からない感じは、正直ここ数年観た映画の中で一番怖かったかもしれない。その辺漫画版(映画の方は見たことない)の『ドラゴンヘッド』ぽいなとも思った。最初はちょっとした地震が起きただけだろ? とか日常性バイアス的なことを思ってたんだけど話が先に進むともうどうしようもないほどのカタストロフが起きていたと徐々に分かってくる感じ。この静かな不気味さは素晴らしかったなぁ。多分予算もそれほど潤沢にあるわけじゃないと思うからCGとかもそんなにすごいってわけじゃないんだけど、むしろそこも本作の雰囲気には合っていたと思う。
ずっとハラハラドキドキの緊張感が維持されるし格好いいジジイも出てくるし言うことなしに面白かったね。一つ文句をつけるなら結局物語をドライブさせるには家族という器を使うしかなくて、その家族万歳的なノリは飽き飽きしているところでもあるんだがまぁそこは目をつぶっておこうか。
めちゃ面白かったよ。本作を観る前に渋谷をうろつきながら気軽に、世界が滅びればいいのに…、とか思っててすいませんと思いました。世界滅びたら大変だからやっぱ滅びなくていいよ。
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